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殺意を研ぐ

 僕に残された時間が無い事はわかっていた。だが、今日の朝、あの朝刊記事を寝泊りに使っていたネットカフェで見た時、時間がない事はわかっているのに、ここに来ることを決心した。決行は今日の夕方。十分間に合うだろうという計算もあった。


 この記事自体、『彼』の罠という可能性も当然、考えた。だがそれは直ぐに否定できる。今僕はまさに『彼』の罠の中にいる。にも拘らず、『彼』がまた僕をおとしめるような罠を、わざわざ作るだろうか。


 福沢教授の名前が記事にはあったが、それが僕の味方の保証であることにはならない。とは言え、僕の敵と断言できる物は何もない。朝の時点でわかっていた事は、この記事を載せた人物は何らかの形で僕の過去を知った人物であるという事だけだった。


 結局実際に自分の目で確かめる他ない。


 そこで出会ったのが今目の前にいる男だった。カウンセラーと名乗っているが、果たして本当なのだろうか。痩せている事以外、不思議となんら特徴の無い男だった。芸能人で例える事も難しい。どちらかと言えば、テレビドラマで主演を囲む、名前の無いエキストラのような印象だった。怖そうな感じはしないが、決して親しみを持てるような雰囲気も無い。


 そして話してみて確かだと思う事は、彼は敵ではないという事。そして油断できない人だという事だった。


「何処まで、わかっているんですか?」


 僕がそう言うと、彼は淡々としゃべり出す。寝不足の気味なのか、疲れた抑揚のない声で。


「まだ推測だが、君がその人物を探し出したのが2年前と聞いた。その頃、この町で水上という女性を惨殺した事件があった事から、その事件が切っ掛けではないかと考えた…」


 それから僕と同じ施設出身者という情報もかんがみて、凶悪事案と判断されない事件を過去に関東圏内で起こした未成年者で、将来的に凶悪な殺人を犯す可能性のある人物をピックアップした。具体的に言うと、今言ったような動物への虐待事案。そう彼は淡々と説明を続ける。


「推測は当たっています」


「そのようだな」


 『彼』に近づくにあたって、僕は細心の注意を行った。彼は、自分の事が他の人間に知られたと知れば、暴走する可能性があったからだ。だから、僕が彼を探している事は、絶対に避けなければならなかった。


 それなのに福沢教授は全部調べ上げてしまった。それに協力するこの人も、相当な調査能力を持っている。


「『彼』の名前は、秋雨春人。近隣の飼い犬を殺傷した罪で、僕と同じ第7支援施設に収容されていました」


 彼は大人しく、気さくな人柄だとその頃思っていた。支援施設内では、公に犯した罪を他の支援児童に教えない決まりになっていたが、彼は受験のストレスでそんな凶行に及んでしまったと、僕に対しては素直に告白した。


 どうして彼がそこまで僕に打ち明けたのか、その頃はわからなかった。


 その頃の僕は、自分のしてしまった事に対して、真摯に向き合おうとしていた時期で、再び同じ過ちに陥らないような何かを求めていた。だから開き直って、悪ぶろうともしていなかった。


 彼も大人しい人間だったから、素行不良で収容された人間が多い中で、自分に近いタイプの人間に共感していたと、そんな思い込みしかなかった。


 そして、それが今では思い上がりだと理解した。

更新日:2014-05-24 12:42:01

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