経蔵へんろ:釈迦,本行を語る(仏本行集経)

経蔵(きょうぞう)へんろは、国訳大蔵経(こくやくだいぞうきょう)、国訳一切経(こくやくいっさいきょう)を読み思索する、こころのへんろ旅です。
仏教とは何なのか、仏典は、何を伝えたかったのかを、私も共有したいと願う試みです。
今回は、仏本行集経(ぶつするほんぎょうしゅうきょう)です。
釈尊がなぜ、出家し、何を求め、何を悟ったのかについて触れています。
内容は、釈尊が成道して六年(または二年)後に説かれた、悟りに至るまでの出来事を、弟子たちへの懐古談という形になっています。
この経は、インド北部の僧ジャナータグプタ、漢名「闍那崛多(じゃなくった)」が、隋の開皇七年から十一年(西暦587~591)に漢訳したものです。我が国にも、奈良時代の光明皇后が発願した写経が現存しています。

「佛本行集經」の読み方については、いろいろあります。
國訳大蔵經のルビでは、「ぶつほんぎやうしふきやう」になっておりますので、私はこれに合わせたいと思っております。
しかし「國譯一切經(こくやくいっさいきょう)」では、「ぶつほんぎやうじつきやう」。文化庁の文化財登録名では「ぶつほんぎょうじゅっきょう」とあります。コトバンクでは「ぶつほんぎょうじっきょう」です。
どの読み方をするのか、それぞれの系譜による、諸般の事情もあるかと思いますので、特に限定はいたしません。