• 7 / 32 ページ

ファーストコンタクト

「え……」
気づかれないように引き返すつもりが、驚きのあまりつい声を出してしまった。
その声を聞いて、板野がぱっ、とこっちを向いた。
「あ……」
向こうもこちらと同様に驚いているようだ。
「ははは……どうも」
軽く会釈をする。接触したとはいっても向こうはこちらを知らない。
このまますぐに引き返すことは十分に自然だ。

しかし、そう思った矢先。
「あっちゃんでしょ?」
板野はこちらのことを知っていた。一気にパニックになった。
「ええ、いやあのー。あれ、何で?」
おどおどする私に笑いかけながら板野は答えた。
「たかみなから聞いたの」
「あー、たかみなから」
たかみなはちゃっかり私のことを紹介していたらしい。すべり倒していただけではなかったようだ。
それにしても驚いた。自分以外にこの場所を知っている人間がいたとは。
「まさか、あっちゃんもここ知ってるとはね。とも以外にいないと思ってたよ」
「あ……ちょうど今私も同じこと思っていました」
結局自分だけの秘密の場所なんてそんなものだろう。同じことを考えるのは自分だけじゃないのだ。

ただ、あの板野友美がここにいる理由は未だにわかっていない。
一緒に弁当を食べる友達ならいくらでもいそうなものだ。いや、実際いるだろう。
この疑問を勇気を出して聞いてみることにした。
初対面では結構踏み込んだ質問だが、この場所で会ったということが私と彼女の距離を縮めたように思った。
「あの……何でここで食べてるの?」
「え? うーん、今日は1人で食べたくてね」板野ははっきりと答えなかった。「あっちゃんこそどうして?」
「たかみなが委員会だから……」
「なるほどね……たかみな以外に一緒する人はいないの?」
それはこっちが聞きたい。あなたこそ一緒に食べる友達はいくらでもいるだろうと。
「うん……まあ」隣に座りながら聞く。「板野さんこそ」
「なんかね……あんまり一緒に食べる人いないんだよね……」
「ああ、そうなんですか……」

ここで会話は途切れた。
2人で黙々とお弁当を食べていた。
その沈黙を破って先に口を開いたのは向こうだった。
「あのさ、『ともちん』でいいよ」
「え?」
「呼び方だよ。『板野さん』って固すぎ」
「ああ、わかったよ。ともちん」
「うん。それでいいよ」
たかみなにやってしまったミスはもうしない。

そしてまた、沈黙の時間が続く。何か話そうと思うが何も思い浮かばない。
喋るのが不得意なくせして、こういった沈黙の時間を過ごすのは苦しい。
なんとかして言葉をひねり出す。
「たかみなって」かろうじで一つ思い浮かんだ。「すべらない話なんてできないよ?」
「え?」
ともちんは一瞬驚いた表情だったが、すぐに笑い出した。
「あはは。知ってる、知ってる」
「何だ、知ってたんだ」
たかみなはまさか自分がこんな形で話題に上がっているとは思っていないだろう。
今頃くしゃみをしているに違いない。
ともちんは随分笑っていた。たかみながバッサリ切られたのを見ていたので笑いが取れたのはちょっとホッとした。

更新日:2011-05-14 22:15:11

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook