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得意技は左のクロスカウンター。
いつかの才加の先輩のヒロミとかいう人が言っていたことだった。
つまりあの試合の最後のカウンターはヤンキー時代から熟成された技だったのだ。
確かに、それは少し彼女にとって残念な結果であるかもしれない。

「でも、別にいいと思うよ」

しかし、私はその結果を否定はしなかった。

「だってさ、絶対に過去と完全に決別するなんて無理でしょ」
「そ、そうなのかな」
「じゃあ今の学力は? 才加のその不良時代あってこその学力でしょ。取り戻しようもない。その鍛えられた体はボクシングだけで培ったものなの? 割れた腹筋は? 過去があってこその今だよ。忘れるなんて、決別なんて出来ない」
「確かに……そういうことなのか……」

私のまるで空気を読まない意見に、才加は少し悲しそうに視線を落とした。
悪いことをしてしまったとは思うが、私は嘘をつくのが苦手なのだ。

「でも」
「でも?」

しかし私の意見はまだ終わっていない。

「才加のその左クロスカウンターはもう喧嘩で使う技じゃないよね。立派なボクシングの技になったんだよ。相手のパンチを受け続けた腹筋もね。だったらそれでいいじゃん」

同じ技でも、自分の我を通すために素手で殴るのと、ボクシングの試合でグローブを付けて殴るのでは全く違う。
過去を消すことなんて絶対できないのだから、それを受け止めて過ごしていく他ない。
要はポジティブシンキング。
過去というものも使いようだ。

「あっちゃん……いいこと言うじゃん」

私の気持ち全てが彼女に伝わったかどうか分からないが、彼女が納得できるようなことを言えたのなら満足だ。

「ちょっと待てーい」
そんな私と才加の間にたかみなが割って入った。
その小さな体も文字通り私と才加の間に割って入った。

「2人だけで真面目な話をするな! お弁当食べてるときですらそんな話ばかりなのに。勝ったから嬉しい、それでいいじゃん」
「勝ったから嬉しい、か。確かに。たかみなもいいこと言うね!」
「才加は何でも、いいこと言うね、になるの?」
「うーん……ぶっちゃけね」
「おい!」

笑いながら3人並んで歩く帰り道はとても平和だった。
そんな中、ふと思い出したことがあった。
才加に聞かなければならないことが1つあったのだ。

「そういえば才加、『名乗るほどのものではござらん』って流行ってんの?」
「え? どうゆうこと?」
「いや、それがさ……」

私とたかみなは、何気に全く触れていなかった、才加を逃がした後の修羅場についてのことを話した。
当然、見知らぬ女性ボクサーに助けてもらったこともだ。

「やっぱりなー、あっちゃんの『ここは任せろ』発言は嘘だったか」
「え、気づいてた?」
「うん。だってあっちゃん嘘つくの下手なんだもん。顔は完全に『もう無理だ』って顔だった」
「そんなあ。じゃあ何で騙されたように先に行ったの?」
「そりゃあ、1人の女の覚悟を無駄にするわけにはいかないでしょ」

才加の元ヤン魂はあの場でも実は発揮されていたのだった。

「で、そのボクサーの助けてくれた人が言ってたんだ?」
「そう。だからボクサーの間では流行ってるのかなって思って」
「なるほどね……そうか……うん、やっぱ私もっとボクシング頑張るわ!」
「え? ちょ、どういう意味?」

才加は急に遠くを見つめながらニヤニヤと笑い出した。
私とたかみなは全く意味が分からずに、頭にクエスションマークを浮かべて、顔を見合わせていることしかできない。

「流行ってるのかはその人と対戦するときに聞いてみるよ。今度はグローブを付けてリングで倒してみせる」

うおおお! という雄叫びと共に、才加は走り出した。
そんな元気があるなら、もっと試合で楽に勝てたのではないか。
はしゃぐ才加の背中を見ながら、微笑ましくそう思った。

更新日:2011-11-23 23:59:21

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