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「ヤンキー時代の根性はどうした!」

その言葉は少し、心に刺さった。
平気でヤンキー時代とか言うなよ、大して知らないくせに。
思い出すだろうが……あの血の気が多かった時代を。

「負けてもいい喧嘩なんてないだろ?」

確かに。
あっちゃんの言うとおり負けても別にいい喧嘩なんてなかった。
ボクシングを同じに考えていいのかは疑問だったが、ついさっきまで平気で『負けてもしょうがない』と考えていた自分の方がもっと疑問だった。
どんだけ根性のない考え方してたんだよ、と。

「もっと自分にわがままになれ!」

それどういう声援だ? あっちゃん。
好き勝手やってたヤンキー時代を思い出せってことか?
別に私はその時代もわがままでも何でもない、性格のいいヤンキーだったことを知らないんだな。

でもあっちゃんの言ってることは間違いでもない……今の方がもっと自分にわがままになりたい気分だ。
負けたくない。絶対負けるのなんて嫌だ。

ぐっと顔を上げた。
気づけばもう審判は8カウントを終えようとしていた。
マットを思い切り踏みつけるように、全身の力を、本当に全ての力を使って体を持ち上げる。
持ち上がった。さっきまでまるで持ち上がり走もない体が嘘のように。
さっきまでのへばり具合は何だったんだと笑ってしまった。
プルプルと震える腕を何とか顔の前に持っていき、ファイティングポーズをとる。
審判が何か話しかけてくるが、よく聞こえない。
おそらく、まだやれるのか? と聞いてきているのだろうと察し、ひたすら首を縦に振る。
審判は頷くと、私と相手の間に腕を一旦挟み、振り上げる。どうやら試合は続けられるらしい。

立ったはいいが、当然体はほとんど動かない。
次の接触……それが私にとって最後のチャンスになるだろう。
そこで決められなければ、もう私に体力は残っていない。
ダウンを取られて確実に負けだ。

相手との距離がジリジリと迫る。
最後の大勝負が近づいてくるのに、何の策も思い浮かばない。
経験ある選手ならいくらでも引き出しがあるのだろうが、私はそんなもの持っちゃいない。
どうやってこのゴリラ女を倒すのか、ちっとも思いつかない。
策を考えるというより、もう立ってるのが不思議なくらいで、何も考えられなかった。

突然相手が前にステップして一気に距離が詰まる。
相手の右ストレートが飛んでくる。
当たれば間違いなく、次に目覚めるのが病院なるようなパンチだ。
しかし、それが見えた瞬間、不思議な感覚に陥った。
完全に無意識に、自然と体が動き出したのだ。
自分の体が自分のものではないように、機械か何かになってしまったかのように勝手に動き出した。

迫ってくるパンチをくぐるように内側にかわす。
それと同時に外側から左手を思い切り相手の顔めがけて振り回す。
相手の右手と私の左手が交差し、私の左手は見事に相手の顎を打ち抜いた。

一瞬の出来事だった。
相手の体が倒れていくのが見えた。
会場が物凄い歓声に包まれたのも分かった。
そして、審判によって自分の拳が挙げられているのも、何となく分かった。
しかし何が起こったのかは、このときよく分かっていなかった。

本当に試合に勝ったのだと理解したのは、あっちゃんとたかみなの笑顔を見た時かもしれない。

更新日:2011-11-12 03:32:54

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