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会場入り

「ふう……」
試合会場への道をある程度進んだところで、たかみなが大きく息をついた。
その表情から、そのため息は安堵から来るものであると分かった。
「なんとか助かったね、今回も」

「ホント、流石にもう無理だと思った」
私も軽く息をついた。
こんな短い期間で2度も不良に絡まれることになるとは思ってもなかった。
しかし、その2回どっちも誰かに助けてもらっている。
運がいいのか、悪いのか分からない。

「無理だと思った、じゃないよ、あっちゃん! 喧嘩出来もしないのにあんなマネして」
私の言葉を聞いて、たかみなは当然ともいえる怒りをあらわにした。

「ごめんって」
「まあ、私もあそこで才加に戦わせる気は無かったけどさ。多分……あっちゃんと同じことしてた」

たかみなの言葉を聞いて、不良とにらみ合っているときの彼女の姿を思い出した。
ビビらずに相手を待ち構える姿を。
あのとき、私と同じように才加のために覚悟を決めていたのだ。
自分が危ないときは必死にビビり、友達のためには強く立ち向かいビビらない。
やはり彼女には裏表がない。

「で、これからどうする?」
「どうするって……才加の試合見に行くんでしょ?」
「道分かる?」
「分かんない」

私もたかみなも、目を丸くして見つめ合った。
しばし、宙に浮いた時間が流れた。
そのとき、おそらくお互いに、まだまだ苦難は終わらないことを理解した。


散々歩き回ったことによる足の疲れはあった。
しかし、探していたものが見つかったときのそれは、その疲れを吹き飛ばす。

「あれじゃね? あれじゃね? 絶対そうだよ」
「ホントだ! やっと着いたー。お腹すいたー」

結局道が分からなかった私達は、何も知らない街で手さぐりに試合会場を探すしかなかった。
まず、携帯を使って道を調べようとした。
しかし、目的地の名前もわからなければ、道のりも調べようが無い。
仕方なく、恥を忍んで交番に道を聞こうと考えた。
だが、その交番の場所を探すのにも一苦労だった。
高校生にもなって、道に迷うことになるとは何とも恥ずかしい話だ。

会場は、どこにでもありそうな市民体育館だった。
入り口に会場であることを示す張り紙がしてあるだけで、辺りは静かだ。
自分のイメージにあるボクシングの試合会場に比べたら、大分地味だ。
本当にここで試合をやっているかと疑問にさえ思った。
少し不安に思いながら、アリーナに向けて足を進める。
徐々にグローブを交える音やら歓声やらが聞こえてきた。
ここで初めて、やっぱり試合やってるんだ、と実感が湧く。

意を決して扉を開くと、一気に熱い空気が体を包んだ。
中の熱気は凄まじく、実際の気温の温度差以上の熱気を感じた。
中央にはリングが設置され、選手が戦っている。
応援の観客は疎らで、人が大勢いる、といった印象は受けない。
リングの周りにはパイプ椅子が用意されていたが、無視して立って応援している人もいる。
観客は大人ばかりで、私達のような若い女性は見えない。

リングに目を向ける。
そこでは本当に、才加と、もちろん私達とも変わらない年齢の女子が必死の形相で試合をしている。
ボクシングの試合を生で見るのは初めてだったが、予想の遥か上をいく迫力だった。
グローブがぶつかると、リングの外にいる私にまでその衝撃が伝わってくるような気さえする。

「すごい……」

そんな単純な感想しか口から出てこなかった。
隣のたかみなを見ると、私と同じようにリングを見つめ、口が半開きになっていた。
彼女も言葉が出ないのだろう。

「あ、才加の試合は?」

たかみながハッとしたように私に聞いてきた。
その言葉に私もハッとする。
今日は才加の試合を見に来たのだ。
目の前の光景の衝撃で、一番大事なことを忘れるところであった。

「えーと、ちょっと待って」

辺りを見回すと、壁に試合のスケジュール表が張ってあった。
どうやら、才加の試合はまだのようだ。

「大丈夫。この次の次みたいだよ」
「良かったー。あの苦労が水の泡になるところだった」

たかみなはほっと一息つくと、すぐ近くのパイプ椅子に腰を下ろした。
私もその隣に座る。
才加と一緒に早めに来ておいて助かった。
あれだけ時間に余裕が無ければ、当然才加の試合には間に合わなかった。
いや、才加に付いていったことで、ある意味災難でもあったが、どちらにしろ3人とも怪我無く助かったのだ。
怪我もなく、試合が出来るし、応援も出来る。
不良5人に絡まれて、この結果は最高ではないか。
やっぱり私達はどう考えても運がいい。

リング上では変わらず迫力の戦いが繰り広げられている。
次の次の試合であるが、才加の試合まで退屈はしそうもない。
ただ、歓声で聞こえないが、私のお腹は鳴り続けていた。

更新日:2011-11-04 00:03:24

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