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2度目のピンチ

ついに、一触即発。
私と不良の戦いが今にも巻き起ころうとしていた。
たかみなが横から小声で話しかける。

「あっちゃん、も、もしかして、戦える人なの?」
その目は希望に満ち溢れていた。
おそらくさっきまで泣きたい気分であっただろう。
そして、まさか横にいた友人がこの局面を打破できる人間だったとは思ってもなかっただろう。
そんなたかみなに、私は残酷な言葉を送らなければならなかった。

「そんなわけないじゃん」

一瞬たかみなの表情が凍りついたのが分かった。
ちゃんと聞こえたのか怪しかったので、「喧嘩なんてやったことない」と念を押しといた。

「えええええええ!? じゃあ、どうすんの、これ」
「ごめんね、たかみな。もう覚悟決めるしかないよ。才加のためだ」
「ま、マジで?」
「マジだよ」

才加に向かって見せた自信は完全な嘘だった。
もちろん私は喧嘩なんてできないし、逃げる手立てもない。
この前の信号頭に絡まれたときと同じ状況だ。
しかし、そこを救ってくれた才加はもう絶対に来ない。
これはもう本当に、覚悟するしかない。
あと数秒で私は胸倉を掴まれて、硬い拳で頬を殴られるのだろう。

たかみなは、またも私の勝手で巻き込まれている。
土下座して謝っても足りないだろう。
どうにかして逃げられないか、考えを巡らせた。
きっとまた足を震わせているに違いない。

隣のたかみなをチラリと見た。
すると、意外にもたかみなは堂々とその場に立っていた。
逃げることなど微塵も考えていない、と言う風に。
むしろ、やるべき時が来たら、こちらもやるしかないと言った立ち姿だ。
前回のビビり具合からしてみれば意外だった。

じりじりと相手が近づいてくる。
棒立ちで待ち構える私を、逆に警戒していた。
大丈夫なのに。
私は殴られたって反撃する力は無いのに。

ついに拳を前に出せば私に届く距離になった。
私は、どうせやられるなら、一矢報いてみようかと拳を握りしめていた。
最も、こんなひ弱で柔らかい拳が相手に届くかどうかも怪しいのではあるが。
緊張とも恐怖ともとれる心臓の高鳴りが最高潮になった。

その時だった。
一瞬、目の前の不良の目線が私から少しずれたのが分かった。
たかみなを見ているわけではない。
私でもたかみなでもない誰かに視線を移したのだ。

私がその目線の動きを認識するとほぼ同時に、私達の背後から突然、人が現れた。
その人は5人の前に躍り出たかと思うと、間髪入れずに拳を奮う。
その戦い方は明らかにボクシングだった。
まさか才加が戻ってきたのではないかと思ったが、その姿は明らかに別人だった。
右から一発ずつ。
ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。
あっという間に5人を倒してしまった。
瞬殺とはこのことだろう。

あまりのことに、次は私達がやられる、とさえ思うほどだった。
しかし、そんなこともなく、その人は拳を下げた。
何が起きたのか、理解が追いついていなかったが、この人には感謝すべきであることは何とか理解できた。
震える声で謝辞を述べる。

「あ、あの、ありがとうございます。助けていただいて」

私の言葉に、その人は一瞬こちらを見た。
キャップを深くかぶっていて、良く顔は見えないが、その人は女性だった。
何も言わずにその場を去ろうとする。

「え、あの、ちょっと……」

何かしらの返事くらい貰えるものだと思っていた為、急に口から言葉が出なくなる。
自分が何か変なことを言ってしまったのかを疑った。
しかし、いくら考えても私は感謝の言葉を述べただけのはずだった。

「すいません! あの……名前くらい、教えてください!」

いつの間にか頭を押さえて地面に縮こまっていたたかみなが、立ち上がって名前を問う。
その声に女性は立ち止まると、顔が半分見える程度にこちらに振り返った。
そして少し笑みをこぼしながら言った。

「名乗るほどのものでもござらん」
「え?」

それだけ言うと女性は、走ってその場から去っていった。
私達は呆然とその後ろ姿を見送るだけだった。

完全に女性の姿が見えなくなってから、たかみなが口を開いた。
「最後、なんか変なこと言ってたね」
「せっかく助けてくれた人に『変なこと』は無いんじゃないの?」
「だって、『ござらん』って。使いますか? 普通」

その言葉はどっかで聞いたことがあった。
最近のことだ。
誰かが言っていた。
……才加? そうだ、才加が私たちを助けた時にも同じことを言っていた。
その時は『なんてね』が付いていたが。
ボクシング界ではそのセリフが流行っているのだろうか。
あとで才加に聞いてみることにした。

地面に目を移すとそこには、倒された不良5人が転がっている。
いつ目を覚ますか分からない。
目を覚ます前に、そして騒ぎになる前に、私達は会場に向かう道を歩き始めた。

更新日:2011-11-01 01:16:17

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