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天気

自分の靴が地面を踏みしめる音、すれ違う人の会話が良く聞こえる。
しかし、隣の才加からは足音以外何も聞こえなかった。

疑問だらけだった。
あのヒロミという女性は何のことを言っていたのか。
そして何故こんなにも才加のテンションがだだ下がりなのか。
頭の中が疑問符で埋め尽くされる。
いつもは元気な才加が何もしゃべらずに地面をじっと見ながら歩いている。
そんなことをされるとこちらも声を発せない。

「あー……、て、天気がいいねえ」
この空気に耐えられなくなったのか、才加を挟んで向こう側のたかみなが曇り空に向かって呟いた。
その言葉に才加は、我に返ったように顔を上げると、いつものように笑顔でたかみなに突っ込みを入れた。
「全然よくねえだろ」
「ははは、そうだねー」

才加の口から声が発せられたことにより、ずっとのしかかっていた重い空気がやっと軽くなった。
たかみなの機転を利かせたボケのおかげだ。
いや、それともテンパりすぎてボケとも思っていなかったのだろうか、あとで本人に聞いておこう。

「あ、あの、ヒロミって先輩とはどういう関係?」
和んだところですかさず私は先ほどから頭を埋め尽くす疑問を才加に聞いた。

「『チョウコクと呼ばれた女』ってどういうこと? 名前を上げるって?」
「……」
黙っている才加を見て、しまった、と思った。
「ご、ごめん。別に答えたくないなら答えなくていいし……」

誰だって人には他人に聞かれたくないこともある。
もしかすると、隠したい過去を私は掘り返そうとしているのかもしれない。

「い、いや、別にいいんだ。答えても」

才加は特に怒っているわけでもなく、かといって気分が良さそうなわけでもなかった。
「隠しても意味無いしね」
半分諦めにも似た口調だった。

「ご察しの通りだよ。私は中学時代ヤンキーっぽいことやってたんだ」

才加は、少し前まで凝っていた趣味を話すように、頭を掻きながら恥ずかしそうに言った。

「喧嘩も沢山したから。それでいつしか通り名が『チョウコク』になっちゃっただけ」

ヤンキーという言葉を聞いて全てが繋がった。
才加の説明にもあった、『チョウコク』という言葉、名前を上げるということの意味。
しかしながら、今の元気な部活に励む少女からは想像できない。

「ボクシングを始めた理由だってホントにくだらないんだ。私が初めて喧嘩で負けた相手がボクサーだったからだよ」
「相手がボクサー?」
「それまでだって格闘技経験者と喧嘩したことは何度もあったけど、ルールに縛られてるスポーツには負ける気がしなかったんだよね。それがそのボクサーにだけは全く敵わなかった」

喧嘩で負けた話だというのに、それを思い出す才加はどこか嬉しそうだ。

「じゃあ、その人にリベンジするため?」
「リベンジというか憧れというか。いつかもう一度試合出来たらいいなって感じだよ」
「名前とか分かんないの?」
「知らないんだ。私を倒した後、その人は名前も名乗らずに消えちまったからね」

不良であった自分を喧嘩で負かし、名前も名乗らずに消えていく。
才加にとっては1人のヒーローのような存在なのかもしれない。

「へえー。才加にそんな過去が……」

ひと通り話を聞いて、たかみなが呟いた。

「やっぱ無理だよね……元ヤンキーなんかと付き合うのは」

才加は寂しそうに道端の小石を蹴った。
蹴ったというより、足で小突いたという感じだ。

私にとっては才加の過去なんて関係ない。
才加は私たちを助けてくれた恩人であり、私の数少ない友達なのだ。

「何言ってんの。そんな過去なんて高校で出会った私達には関係ないっつーの!」
私が思っていたことをそのままたかみなが声に出した。
「そうだよ。どうでもいいもん」

自分が過去を掘り下げたくせに、どうでもいい、とわざと言ってみせる。
実際、聞いてみれば、自分とはかけ離れた世界で、どうでもいいのかもしれない。

「あっちゃん……たかみな……」
「応援するよ。今度試合なんでしょ?」
「大好きだあー!」

才加の左腕が私の胴体を、右腕がたかみなの胴体をがっしりと掴む。
そのまま引き寄せられて、3人で団子状態だ。

「ちょ、才加苦しいって」

たかみなの叫びは才加には聞こえていない。
才加は私達のわき腹を抱えて、ぶんぶん振り回す。

「才加ー! 苦しいってー!」
「ああ! ごめんごめん。つい嬉しくて」

やっと才加が両腕を話した時には私もたかみなもヘトヘトだった。

「よし! 次の試合絶対勝つよ! もうヤンキーだった過去なんて忘れよう!」

息を切らす私達とは対照的に才加は希望に満ち溢れた表情だ。

「その意気だよ才加。こんだけ元気があるならきっと勝てるよ」
「試合いつなの?」
「えっとね……」

地面に自分の影があることに気付いて、ふと空を見上げれば、雲一つ無くなっていた。

更新日:2011-09-27 10:07:02

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