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部活

朝、自宅から学校まで通学する上で沢山の人間とすれ違う。
当然大抵の人間は知らない他人である。
それは学校も同じで、廊下で同じ制服を着た人間と数えきれないほどすれ違うが、知っている人は少ない……特に私は少ない。
それが理由なのかは分からないが、それだけ多くの人間とすれ違っていても私は何も見えていなかったことを最近知った。

教室移動の際、先日助けてもらった秋元才加と驚くほどにすれ違うのだ。
私は別に移動の道のりを変えていないし、それは当然向こうも同じだろう。
以前からずっとすれ違っていたのに、全くその顔を覚えていなかった。
完全に風景の一部となっているのだ。

見えているようで私はほとんど見えていない。
どうでもいいことかもしれないが不思議に思った。
私はこれから恩人になるかもしれない人間を何人スルーしているのだろうか。

そんな話をつまらなそうに聞いているたかみなは、お弁当の卵焼きを口に運ぶ。
それを横目に、才加の食いつきは良かった。

「確かに! そう考えると面白いかもね」
「でしょ。才加は分かってる。これからはもっと周りを見た方がいいよ」
「何でそんな話で盛り上がれるの?」

3人で囲んで食べるお弁当はおいしかった。

「今日の放課後3人でどっか行かない?」
たかみなが唐突に提案した。
「えー、めんどくさい」
私は基本的に家が好きで早く帰りたい人間だ。

「めんどうって……あっちゃんひどいな」
そのやりとりに苦笑しながら才加も答える。
「ごめん。私部活あるから今日は無理だ」
「部活? 何部入ってんの?」

体つきからして運動部なのは間違いなかった。
肩幅が広く、本人いわく腹筋は割れているらしい。
バレーボール、バスケ、バドミントン、はたまた陸上部。
女子が入る運動部で浮かんだのはその辺だった。

「ああ、ボクシング部だよ」
「へ?」
あまりに予想外の回答に私は固まってしまった。
ボクシングと聞こえたのは、聞き間違いだろうか。

「うん。女子ボクシング部」
才加はお弁当を頬張りながら頷く。

「ボクシング!?」
たかみなと2人で驚いてしまった。

「え、それって格闘技の?」
分かっていても確認してしまう。
ホントにあのボクシングなのかと。

「そうそう、グローブ付けて殴り合う奴」
驚かれることには慣れているのか、才加はひょうひょうと答えた。
その説明を聞いても、正直女子がやるスポーツには到底思えなかった。

「痛くないの?」
想像したのか、たかみなは殴られてもないのに苦痛の表情だ。

「痛いよ。でも慣れれば大丈夫」
つまり殴られるのに慣れるほど殴られるということか。
「どう? お2人さん入ってみる?」

「遠慮しときます」
そう答えた私の声がたかみなの声と2重になった。
ここまで間髪入れずの返答でハモることもそうないだろう。

「そうだと思った」
こちらも慣れているのか、才加は断られても気にしちゃいなかった。

更新日:2011-08-30 02:10:39

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