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相談前

撮影を終え、楽屋はメンバーの声で騒がしかった。
各々、メイクを落として、服を着替えて、帰る支度をしていた。
もちろん自分も着替えて、メイクを落とす。
楽屋は皆が使う様々な制汗スプレーの匂いが混ざり合っていた。
今、外から誰かが入ってきたら思わず鼻をつまむだろう。

そんな中で私に話しかけてくる人がいた。
「ゆきりん、このあとどっか行く?」
話しかけてきたのは、峯岸みなみだった。
どっかとは、何かしらの晩御飯を食べようという誘いだろう。
もちろん、私にはこのあとさえちゃんとの予定があるからこの誘いに乗ることはできない。
「私、このあとちょっと予定があるので……」
「えー、何? どっか行くの?」
「まあ、行くというか……」

そこまで話したところで「ダメだよ」と割り込むようにさえちゃんが間に入ってきた。
「ダメだよ。ゆきりんはこのあと私と予定があるんだから。ねえ?」
そう言って、嬉しそうに私の顔を覗き込むさえちゃん。

「なーんだ、またゆきさえコンビかあ」
峯岸さんは、あきれた、といった表情だった。
「あんたたちホントに仲いいねえ。さすがカップル」
「カップルって何だよ」
「付き合ってるんでしょ?」
「付き合ってねえよ!」
「本当にー?」
「当たり前だろ!」
「いつも一緒にいるじゃん。イチャイチャしてさ」
「だから、そんなんじゃないっての」
「うんうん。わかったわかった。付き合ってない付き合ってない」
「ちょ、何だよその言い方」
「じゃ、私は今日はこのへんで。お疲れさん」
「ああ、お疲れ」
「そして、お幸せに。じゃあね」
「だーもう。まだ言うか」

さえちゃんの言葉を背中に受けながら峯岸さんは帰って行った。
振り向いたさえちゃんは頭を掻きながら、困った顔をする。
「うちらは仲がいいだけなのにね。からかって何が楽しいんだか」
「そ、そうだね……」
「この程度で付き合ってるなんて言われちゃあ、困るよね」
「こ、困るかもね……」

今までこのからかわれ方は何度も受けてきた。
いつも笑っていられることだった。
だというのに今回はあんまり楽しくない。
何故だかはわからない。
思えば、もう頭の中は自分ではわからないことだらけだ。
まあ、考えられる理由としては、好きな人がいるのに、女であるさえちゃんとカップルだとからかわれたことに不快感を感じているからだろう。
いや、そうに違いない。これは絶対そういうことだ。

「で、どうする?」
さっきの件はもう忘れて、とでも言うようにさえちゃんが話をこれからのことに変えてきた。
「ここで話す? それともどっかお店行く?」
この場で話すか、場所を変えるか。
迷いはしたが、お店で話すとなると周りが気になってまともに相談できそうにない。
「うーん……ここでいいんじゃない?」
「わかった。じゃあそうしようか」
他のメンバーはもう楽屋から出てしまって、今は私たち2人しかいない。
もちろんずっと楽屋に居ていいわけではないが、まだ時間は十分にあった。
これなら相談に集中できるだろう。

お互い並ぶようにソファに座って、体制を整える。
部屋に2人だけで相談事、となれば少しは緊張してもいいものだと思うが、さえちゃんにはまるでその素振りは無かった。
「で、なによなに? 悩んでることって?」
嬉しそうに聞いてくるさえちゃんの顔を見ると、悩んでいるのが馬鹿らしくなる。
もし本当に深刻な悩みだったとき、この人はその笑顔をどこにしまうつもりなのだろうか。
実は不治の病で……、なんて話し出したらどうするつもりなのだろうか。
まあさえちゃんのことだから、そんな話をすれば泣きながら聞いてくれるとは思うのだが。

「何で悩みだっていうのに、そんな嬉しそうなわけ?」
「確かに。何でだろうね。もしかして凄くヘビィな話だった?」
「そんなことないんだけどさ」
「ほらやっぱり。きっと私には何となくそれが分かってたんだよ」
「何となくって……適当すぎ」
「いいから話してよ」
「わかったよ……」

「あのさ……」
意を決して私は悩みを打ち明け始めた。

更新日:2011-06-19 02:45:36

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