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結論

あれから一週間が経った。

さえちゃんとは気まずいままの慣れない一週間だった。
私はさえちゃんに話しかけることができないし、向こうも私に話しかけてくることは無かった。
目を合わせることもできない。

しかし世の中はそんなことはお構いなしに私とさえちゃんを同じ仕事にブッキングする。
他のメンバーがいるとはいえ、同じ部屋にいるだけで息が苦しくなった。

お構いなしなのは仕事だけではない。
メンバーも私とさえちゃんの異変には気付き始めていた。

そしてついに峯岸さんが直接私に聞いてきた。

「おーい、ゆきりんちょっと来て」
楽屋で峯岸さんが少し遠くから手招きした。
「なんですか?」
私が寄っていくと、峯岸さんは周りに聞こえないように、私の耳元で小声で呟いた。

「ゆきりんと佐江さ……なんかあった?」

そのときは完全に不意打ちだった。
グサッときた。
まさか第3者が「何かあった」と感じるほどに、さえちゃんとの気まずさが滲み出ていたとは思いもしなかった。
何も知らない峯岸さんにこう思うのも失礼だが、「お構いなし」とそのときは感じた。
触れられたくなかった。

「いやいやいやいや、何もないですよ」

相も変わらずの動揺が全面に押し出された否定だった。
しかし、峯岸は以外にもあっさりと引いた。

「ふーん……それなら何も言わないけど……ごめん変なこと聞いて」
「いえいえ、別に大丈夫ですよ」
「うん。撮影頑張ろう」

そう言って、峯岸さんは私の肩をポンと叩いた。
そして去り際に一言。

「仲直りは、したほうがいいよ」

私が何か言葉を返す前に峯岸さんは部屋から出て行った。

「お見通しですか……」

私は息をついて、椅子に座った。
あれだけ動揺してしまえばそりゃバレるだろう。

しかし峯岸さんは喧嘩か何かと思っているみたいだった。
まあ、「同性の親友を好きになって、キスして気まずくなった」なんてことを誰が想像できるんだという話だ。
仮に誰かに相談したところで、解決方法が見出せるような人間はいないように思えた。
自分でなんとか気持ちに区切りをつけるしかない。

一週間考えてよく分かったのだ。
どう頑張っても私とさえちゃんが前のように純粋な友達に戻れることは無い。
そう考えられる理由は一つ。

あんな事件があっても私はまださえちゃんのことが好きだからだ。

つまり、「ただの友達」に戻ることを私が拒否しているのだ。
友達としか見てもらえないのなら、このままでいい。
またいつ理性が抑えられずに、一週間前のような事件になるか分からないのだ。
それはさえちゃんが可哀想だ。

こんなことになってさえちゃんには申し訳ないし、寂しくてたまらないが、ここは自分が引くしかない。
さえちゃんには近づかない。
同じアイドルグループのメンバー、ただその関係を続けていければいいのだ。

これからはさえちゃんにリードされなくても1人でショッピングできる。
地図も自分で調べて迷わないで行けるから。

当然こんな心の叫びはさえちゃんには届かない。
突然キスしてきたかと思えば急に突き放した態度になった、そう感じるだろう。
それでも、もう本当の気持ちを伝えることはできない。

ごめんね。さえちゃん。

私はそう小さく呟いて、席を立つ。

もうゴチャゴチャ考えない。
仕事に集中するのだ。
そう考えれば考えるほど集中できない。
しかし結論はもう自分の中で出ていること。
時間が解決してくれるだろうと、ありきたりなことを考えていた。


久しぶりのオフ、私は駅前を歩いていた。
駅前の時計広場には自分と同じような年頃の女性が携帯をいじりながら立っている。
以前そわそわしながら待ち合わせの相手を探していた自分と重なった。
しかし、すぐに視界から消した。
そして自覚する。

今日私は1人。
もう、待ち合わせる必要は無いのだと。

更新日:2011-07-30 01:37:55

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