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止まらない理性

体がどんどん彼女に接近していく。
私は何を考えているんだ?
自分に問いかける。
返ってきた答えは、単純なものだった。
私が目指す先にあるものは、彼女の唇。
もう、衝動を抑えきれない。

周りの音が聞こえない。
何故聞こえないのかと疑問に思っていたが、気づいた。
さっきから随分とうるさい音が鳴っていた。
それは私の心臓の音だと、気づいた。
胸を突き破りそうな勢いで、心臓が動いていた。
ドキドキする、なんてものじゃない。
このまま心臓が破裂して、死んでしまってもおかしくなかった。

彼女の頬に手を当てた。
それでも彼女は起きない。
ここですぐに彼女が目を覚まして終わってくれればよかった。
だが彼女は起きない。
本当にそれでいいのか?
また自分に問いかけていた。
もう前のようには戻れないかもしれない。
取り返しがつかなくなる。
しかし、そんな言葉は自分の心臓の音でかき消された。
理性は戻ってこなかった。

さえちゃんの顔が近づいてくる。
ありえないほどの緊張、そして高揚。


さえちゃん……


ついに、私の唇とさえちゃん……宮澤佐江の唇が触れ合った。

一瞬にして感じる彼女の体温。
自分の鼓動がまた早くなった気がした。
これ以上早くなったら、本当に死んでしまう。
でも止めない。
もはや死んでもかまわない。
本気でそう思った。

心臓の鼓動に合わせて体全体が動いているような気がした。
手足、そして今彼女に触れている唇でさえ、緊張で震えていた。
きっと、寝ている彼女にもこの緊張はすべて伝わっていただろう。

どれだけの時間キスしていたのかはわからない。
一瞬にも感じたし、永遠にも感じることができた。
この時間の終わりは、私ではなく、彼女によって、連れてこられた。

「ゆきりん……? わ……わっ!」

彼女は声にならないような叫び声をあげて、私を突き飛ばすような形で私と離れた。
私はソファに尻餅をつき、逆に彼女は立ち上がった。
当たり前だが、彼女の表情は困惑していた。

私は何か言おうとした。
いや、何か言わなければならなかった。
しかし、何も言えなかった。
声が出なかった。

お互い何も言えず立ち尽くす。
私の頭の中は混乱し、何をしようにも理性が追いつかなかった。

「あ、あの……ご、ごめん!」

氷のように冷たく張りつめた空気を突き破るようにさえちゃんはそう言って、乱暴に自分の荷物を掴むと、走って部屋を出て行った。
私は黙って見送ることしかできなかった。
何も言えなかった。

しばらくは呆然と座っていることしかできなかった。
しかし、時間がたつにつれて「思考」というものが戻ってきた。
失われていた理性が戻ってきた。
そして、自分が何をしたのか冷静に思い出す。
それは、あまりに現実から離れすぎていて、夢なのではないかと思えた。
夢であってほしかった。
しかし、どんなに頬をつねってもベットに戻ることはなかった。

私はさえちゃんに恋をしていた。
それがやっとわかった。
いくら男性を探しても相手がいないわけだ。
誰も相手が女性だとは思わないだろう。
ましてや、さえちゃんからすれば、相手は相談している自分だ。
「付き合ってるんでしょ?」とからかわれても笑えない理由もそれだ。
私に他に好きな人がいるからなんて理由ではなく、さえちゃんがそれを必死に否定するから、笑えなかった。

その事実を冷静に受け止めれば受け止めるほど、先ほどの出来事という事実が重くのしかかる。
なんてことをしてしまったのだろう。
これから、どうすればいいのか。
全く先が見えなかった。

それから私はどれだけの時間、部屋で泣いていたかわからない。

更新日:2011-06-28 01:02:02

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