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小説

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3月15日 いまだ夢のよう

まるで戦後の買出し部隊のようにリュックを背負い、母と私は食べ物や生活用品を求めて歩きまわった。

家の近くのスーパーはどこも長蛇の列で、なかなか欲しい物が手に入らないので、パス。
けっきょく二軒の八百屋に行き、いよかんとデコポン合わせて10個、タマネギ6個の収穫だった。

よく行っていたドラッグストアのある大通りは、ゆるい坂になっていて、坂の下のほうは海に近い。この辺りの家は半壊状態だった。民家や個人商店の大半が家の中にまで大量の泥が入り、窓ガラスは破れ、壁に大きな亀裂が入っている。

国道から左に入る小路の入口に、どこからか流れてきたと思われる一階建ての家が一軒あった。
有り得ない場所に、有り得ない物がある。

……これは夢なんだろうか。
これが、本当に私が暮らしていた街だろうか。

タイヤ、冷蔵庫、掃除機、テーブル、椅子、エビフライの入ったトレイ、ドアやフロントガラスが壊れ、道路の真ん中に放置された車。電柱に登ろうとするかのように斜めに止まったままの車。2台折り重なり、今にも崩れ落ちそうな車……。

様々な生活の跡が、泥沼のような道に散乱している。
これらの持ち主達は、無事に避難できたのだろうか。

家の中に大量の泥が入り込み、後片付けに追われる多くの人々の姿を見た。彼らの命があって良かったと思いつつ、生活を立て直す大変さを思い、何も言葉が浮かばなかった。

時々この場所を通り、海を眺めながらショッピングセンターまでウォーキングしていた。地震の日、ここを歩いていたら…私も生きてはいなかったかもしれない。

そのショッピングセンターが津波の攻撃を受け、屋上で約200人が救助を待っていると数日前にラジオが告げていた。
こんな寒さの中。数日間も屋上に残されて……どんなに寒くて怖い思いをしているだろう。彼らは助けられたのだろうか。
(※後日、救助されたと聞きました)


しょせん、人間は大自然の力に敵わない。でも、少しくらい考えてくれたっていいだろう、と無駄なことを思ってしまう。
私の市では人的被害は少なかったようだが、すこし北の沿岸地域では、何百人もの人が津波で亡くなった。
みんな、生活があった。みんな、家族や友人があった。みんなが飼っていたワンちゃんや猫ちゃんはどうしただろう。彼らの幸せを奪う権利が、誰にあるというのだ。

返せ。
返せ。
私達の生活を。私達の街を。
返してください……



更新日:2011-04-11 17:16:40

汗かきベソかき震災日記 ―東日本大震災―