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文体は統一、文末は分ける

 まさかとは思いますけど、皆さん「ですます調」と「である調」をごっちゃに書いていませんか? これをやっていると酷評の良い的になります。なるべく統一を……いや、アホな皆さんにはもっと極端に言いましょう。慣れない内は「である調」で統一してください。これは今回の項で説明するもう一つの基礎に関係してきます。

 文体を「である調」に統一したからと言って、全て文末を「である」で統一する訳にも行きません。実際試せば分かると思いますが、あんまり同じ文末を繰り返してるとくどいんですよ。これが最近のネット小説が単調になりやすい原因の一つ。最近多いんじゃないですかね? やたらと「~した」で終わる小説。もし過去に小説を書いた事があって、そんな感じになっていたら要注意です。一言で「である調」なんて言っても案外語尾は豊富にあるモンです。例えば、~だ、~だった、~であった、た、~のだ、なのだ、だ、なのである、する、る、とかね。

 ここで先ほど取り決めた文体の統一、何故「である調」を選んだのかが分かります。今の例、全て「ですます調」に直して見ましょう。~です、~でした、~でありました、でした、~のです、なのです、です、なのであります、します、ます、といったところでしょうか? どうです? 見事に「です」と「ます」、「でした」と「ました」のオンパレードでしょう? 丁寧な書き方になるとどうも語尾の使い分けが難しくなるのです。それを解消する為に倒置法やら体言止めやらという手法もありますが、それをアホの皆さんに求めるのも酷な話。ですから難解な手法が必要になる「ですます調」より、もともとバリエーションの多い「である調」の方が書きやすいのです。実際世の小説の多くが「である調」で書かれている理由は分かりませんが、これならアホでも分かるのです、これで良いではありませんか。

 小説を書く時は全て「である調」で統一、その語尾の豊富さを利用して最低限同じ語尾を二回連続では使わない。この項では是非これを覚えて行ってください。

更新日:2011-03-09 07:51:56

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