- 92 / 565 ページ
私は床に伸びたままのエリオットさんをゆさゆさ揺すって起こす。
「ごめんなさい、私ちょっと怒りすぎました」
聞こえているかは定かではないが一応謝りながら。昨晩から生傷だらけになっている彼の顔は、先程私が殴ったばかりの痣が左頬に出来ていた。
薄らと目を開けて、エリオットさんは言う。
「……半分くらいは聞こえてた」
「それは話が早いですね」
髪の毛で見えないがタンコブが出来ていてもおかしくない後頭部を擦りながら彼は起き上がり、唇をへの字に結んで眉をしかめた。
何か悩んでいるようなその表情に、私は黙って彼が話し始めるのを待つ。
「俺、お前の裸見たと思うんだけどなぁ……本当に×××ついて無かったかぁ? そりゃいちいち見ようとしなかったけどよ」
まだ私を女だとは思えないようで、そんな事をぶつぶつ言って顎に手をあてて考え込んでいる。
伏字の中身は察して欲しい。字面では伏せられているが彼はド直球に発言し、その言葉でレクチェさんを赤面させていた。
「でなきゃまだ生えてきてないだけなんじゃねーの? 胸は確かに見たけど小さいっていうより本当に何も無かったしな」
「!? 生えるものなんですか!?」
私はもしかして自分が実は男だったのか、と驚愕した。
「んなわけないでしょ!」
が、すぐにルフィーナさんがそれを否定してくれた。
危うく無神経な大人に騙されるところだった素直でいい子な私は、ほっと胸を撫で下ろす。
女だと思ってきて生きて来ているのに、急に男だと言われたらどうしていいか分からない。まぁそれは今も若干似たような状況ではあるのだが。
「その、あれだ、クリスが女だろーが俺は今更扱いを変える気は無いぞ」
「勘違いさえ正して頂ければ、別に構いませんよ」
特に今までの扱いに女としての不満を持った事など無いのだから。彼の言い方にはムッとしたが、内容に異論は無かったので特に異は唱えなかった。だが彼は余計な一言を付け加える。
「分類は女でも、そもそも俺には男にしか見えねーからなぁ」
私の右足は、彼の後頭部にめり込んだ。
◇◇◇ ◇◇◇
「というわけで、あのサラの末裔の子供はやっと女の子だと気付いて貰えたようですね。まさかルフィーナ嬢までが勘違いしているとは思っていませんでしたが」
会社の事務室のような部屋で『玄人隠し撮り映像その④』とテプラ風ラベルの貼られた水晶の映像を見て呟いたのは、黒い革のプレジデントチェアーに座っている、淡い緑の短髪をさらりと目元まで下ろした男。セオリーだ。
本来その椅子に座っているはずの黒髪の青年は、何故か机に腰掛けて、セオリーより高い視点からその映像を一緒に見ていた。
「俺も男だと思ってた……」
足を組んでその足に肘を置き、頬杖をついた状態でやや口元を隠しながら彼はセオリーの呟きに答える。
「その麗しい一重の目は節穴ですか、フィクサー様。大変残念です」
相変わらず敬っているんだかいないんだか、その横で書類を片手に立ったままショートカットの黒髪の女性が青年の発言に肩を落とした。
彼女の言葉が相当ショックだったのか、フィクサーは口を無意識に開けてぱくぱくしている。
「いつ誤解が解けて面白い事になるのかと楽しみに見てきていたのですが、いざ解けてしまうとつまらないものですね」
「同意致します、セオリー様」
「何お前ら、そんな目で監視してたの!?」
『いえす、うぃーきゃん!』
「使い方違うからなソレ!! 義務教育から出直してこい!!」
ダブルボケに声を大にして全力で突っ込むフィクサー。彼の苦労はこの百年留まる気配は無い。
何度スタッフサービスに『オー人事! オー人事!』と電話を掛けようと思ったかその回数はもはや数え切れないだろう。
だがそれほど苦労をしてでも、彼には成し遂げたいものがあった。そしてそれにはダブルボケだろうが何だろうが能力の高い彼らの協力無しでは不可能なのだ。
「……とにかく、被検体の乳を揉まれている場合じゃない。次にあの剣と接触する時には完全に覚醒してくれる可能性が高いんだ。目を離すなよ」
社長机の上からでは全く以って格好つかないが、フィクサーが二人に目をやり鋭く言い放つ。そこへ反論にも似たセオリーの言葉。
「危険な賭けですね。それもこれもルフィーナ嬢が役立たずと言わんばかりに燻っているからなわけですが」
「彼女への悪口は俺が許さんっ!!!」
上司の叶わない恋への盲目ぶりを、部下二人は生暖かい微笑みで黙って受け止めた。
◇◇◇ ◇◇◇
【第十章 歪み ~束の間の夢~ 完】
「ごめんなさい、私ちょっと怒りすぎました」
聞こえているかは定かではないが一応謝りながら。昨晩から生傷だらけになっている彼の顔は、先程私が殴ったばかりの痣が左頬に出来ていた。
薄らと目を開けて、エリオットさんは言う。
「……半分くらいは聞こえてた」
「それは話が早いですね」
髪の毛で見えないがタンコブが出来ていてもおかしくない後頭部を擦りながら彼は起き上がり、唇をへの字に結んで眉をしかめた。
何か悩んでいるようなその表情に、私は黙って彼が話し始めるのを待つ。
「俺、お前の裸見たと思うんだけどなぁ……本当に×××ついて無かったかぁ? そりゃいちいち見ようとしなかったけどよ」
まだ私を女だとは思えないようで、そんな事をぶつぶつ言って顎に手をあてて考え込んでいる。
伏字の中身は察して欲しい。字面では伏せられているが彼はド直球に発言し、その言葉でレクチェさんを赤面させていた。
「でなきゃまだ生えてきてないだけなんじゃねーの? 胸は確かに見たけど小さいっていうより本当に何も無かったしな」
「!? 生えるものなんですか!?」
私はもしかして自分が実は男だったのか、と驚愕した。
「んなわけないでしょ!」
が、すぐにルフィーナさんがそれを否定してくれた。
危うく無神経な大人に騙されるところだった素直でいい子な私は、ほっと胸を撫で下ろす。
女だと思ってきて生きて来ているのに、急に男だと言われたらどうしていいか分からない。まぁそれは今も若干似たような状況ではあるのだが。
「その、あれだ、クリスが女だろーが俺は今更扱いを変える気は無いぞ」
「勘違いさえ正して頂ければ、別に構いませんよ」
特に今までの扱いに女としての不満を持った事など無いのだから。彼の言い方にはムッとしたが、内容に異論は無かったので特に異は唱えなかった。だが彼は余計な一言を付け加える。
「分類は女でも、そもそも俺には男にしか見えねーからなぁ」
私の右足は、彼の後頭部にめり込んだ。
◇◇◇ ◇◇◇
「というわけで、あのサラの末裔の子供はやっと女の子だと気付いて貰えたようですね。まさかルフィーナ嬢までが勘違いしているとは思っていませんでしたが」
会社の事務室のような部屋で『玄人隠し撮り映像その④』とテプラ風ラベルの貼られた水晶の映像を見て呟いたのは、黒い革のプレジデントチェアーに座っている、淡い緑の短髪をさらりと目元まで下ろした男。セオリーだ。
本来その椅子に座っているはずの黒髪の青年は、何故か机に腰掛けて、セオリーより高い視点からその映像を一緒に見ていた。
「俺も男だと思ってた……」
足を組んでその足に肘を置き、頬杖をついた状態でやや口元を隠しながら彼はセオリーの呟きに答える。
「その麗しい一重の目は節穴ですか、フィクサー様。大変残念です」
相変わらず敬っているんだかいないんだか、その横で書類を片手に立ったままショートカットの黒髪の女性が青年の発言に肩を落とした。
彼女の言葉が相当ショックだったのか、フィクサーは口を無意識に開けてぱくぱくしている。
「いつ誤解が解けて面白い事になるのかと楽しみに見てきていたのですが、いざ解けてしまうとつまらないものですね」
「同意致します、セオリー様」
「何お前ら、そんな目で監視してたの!?」
『いえす、うぃーきゃん!』
「使い方違うからなソレ!! 義務教育から出直してこい!!」
ダブルボケに声を大にして全力で突っ込むフィクサー。彼の苦労はこの百年留まる気配は無い。
何度スタッフサービスに『オー人事! オー人事!』と電話を掛けようと思ったかその回数はもはや数え切れないだろう。
だがそれほど苦労をしてでも、彼には成し遂げたいものがあった。そしてそれにはダブルボケだろうが何だろうが能力の高い彼らの協力無しでは不可能なのだ。
「……とにかく、被検体の乳を揉まれている場合じゃない。次にあの剣と接触する時には完全に覚醒してくれる可能性が高いんだ。目を離すなよ」
社長机の上からでは全く以って格好つかないが、フィクサーが二人に目をやり鋭く言い放つ。そこへ反論にも似たセオリーの言葉。
「危険な賭けですね。それもこれもルフィーナ嬢が役立たずと言わんばかりに燻っているからなわけですが」
「彼女への悪口は俺が許さんっ!!!」
上司の叶わない恋への盲目ぶりを、部下二人は生暖かい微笑みで黙って受け止めた。
◇◇◇ ◇◇◇
【第十章 歪み ~束の間の夢~ 完】
更新日:2012-11-02 22:58:35