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「で、降りてこないと思ったらまた喧嘩してたの?」
呆れ顔のルフィーナさんが、床に這い蹲っているエリオットさんを部屋の入り口付近から見下ろす。その後ろでレクチェさんが心配そうに部屋を覗き込んでいた。
私は苛立ちが収まらないまま、それをぶつけるかのように彼女に強めの口調で答える。
「したくてしているわけじゃありませんよ、この人がいつも喧嘩を売ってくるだけです」
「もー、エリ君なんてまともに相手しちゃだめよ。今度は何が原因?」
自分の口から言うのも腹立たしいので、私はそこで黙ってしまう。そんな私の態度に、腰に手を当ててルフィーナさんはこちらの顔を覗き込むように少し屈んだ。
「クリスからも言えないような事なの? じゃあ私はどっちもどっち、って判断しちゃうわよ?」
彼女の言いたい事は尤もである。自分の気分が害しているからといって、迷惑を掛けている彼女達にそれを説明しないというのは失礼以外の何でも無かった。
私は少し涙目になっているのを自分で感じつつ、おずおずと口を開く。
「……エリオットさんが、私を男だと思っていたのです」
そこまで話してグッと下唇を噛んだ。
「え?」
よく理解が出来ていないような反応のルフィーナさん。そこへレクチェさんが話に割り込んでくる。
「何となくそんな気はしていたんだけど、やっぱりエリオットさんってば勘違いしてたんだ……」
「気付いていたんですか?」
レクチェさんに視線を向けて、私は問う。彼女はコクンと頷き述べた。
「色々扱いの違いに引っかかるところはあったけど、二人がどれくらいの仲なのか知らないからコレが普通なのかなーって。でも、この前のお風呂の火番を頼んでいた時は流石に気心知れてるからって女性に頼む事じゃないって思うよねっ」
私としては、私がまだ子供だから女扱いされていないだけなのだと思っていたのだが、確かに全て『男と思っていた』でも話は繋がる。
教会の孤児院に居た頃は皆顔見知りだった為、性別を間違えられるという経験は無かったので私はただ驚くしかない。
「私、そんなに男に見えますか?」
初めての出来事に、自分の体を見回してみる。
「んー、声も顔も可愛いけどなぁっ」
レクチェさんも不思議そうに私を再度見つめた。ルフィーナさんの意見も聞きたくて彼女にも目で問いかけると、彼女は何故かうろたえたような素振りで一歩下がる。
「えっ? いや、まぁ、そうね。あえて言うなら年の割にぺ、ぺったんこかしら!?」
これはまた剛速球のデッドボールが飛んできたものだ。
「……十二歳だとやっぱり皆もっと大きくなってるものなんですか?」
薄々気付いてはいたが、ちっとも育つ様子の無い自分の胸を見下ろしてみる。
まだ子供だから大きくならないだけなのだと思っていたが……特に大きい胸が欲しいとも思わないけれど、男と間違えられるほどとなるとやはりもう少し大きくなりたいと思わなくもない。
そこへレクチェさんとルフィーナさんの声が綺麗にハモった。
『十二歳!?』
何事かと二人を交互に見ると、二人ともが口を開けたまま立ち尽くしていた。
「?」
その理由が分からずに、ただ私はその場で首を傾げる。
「クリス、身長いくつ?」
「最後に計ったのが数ヶ月前になりますけど……百五十六はあったと思います」
「……あたしてっきりクリスは十五歳くらいだと思っていたわ」
ルフィーナさんがやや小声でそう呟いた。レクチェさんも同じような意見だったようで、首を縦にぶんぶん振って同意している。
そして右手で頭をぽりぽりと掻いてルフィーナさんが
「ごめん、実は私もクリスの事、男の子だと思ってたの」
と衝撃の事実を告げた。
『ええっ!?』
今度は私とレクチェさんがハモって叫ぶ。
「だって、その身長でその胸じゃあ男の子だと思うわよ!!」
半ば開き直ったように彼女は言い放った。
「そうなんですか……」
エリオットさんをあんなに怒ってしまったのは申し訳無かったかも知れない。ルフィーナさんまで間違えていたくらいだ、彼が失礼なのではなく、私が紛らわしいだけなのだろう。
……何だか、ダブルでショックを受けてしまった。
「エリ君完全にクリスを男扱いしてたし、クリスもそれに対して何も反論してなかったでしょ? てっきり男の子だとばかり……」
ぼそぼそと独り言とも取れる言葉でルフィーナさんが言う。
「いや、私は男扱いというよりは子供扱いされてるんだと思っていました……」
「……まぁ、十二歳ならまだそう受け取ってもおかしくないわよね」
見た目と実際の年齢との差異も、このような誤解を招く原因の一つだったのかも知れない。私達三人は、三様の溜め息を吐いた。
更新日:2012-08-20 17:32:10