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◇◇◇ ◇◇◇
「何か呼ばれている気がするのよ」
空色の髪と瞳にふくよかな胸を持て余し、その肉感的な身体にフィットした黒いスウェットスーツを着た女性が鉱山の洞窟の奥でぽつりと呟いた。隣に居る貴族のような身なりの青年が不思議そうな顔をして答える。
「とは言っても、とっくに掘りつくされた鉱山に何があるっていうのか悩むところだけどな」
そう、ここは既に何百年も前に鉱石は掘りつくされていた。なのにそんな場所に来ているのは、女の勘。
「ここが気になるわ」
そう言うと女は、何も無い壁を触りながら確かめる。腰巻が揺れ、何をするにしても色香が零れる女。男の目線は一瞬その腰にいくが、すぐに邪な考えを振り払い壁を見た。
普通なら馬鹿馬鹿しいと言い捨てるところだが、女は普段そういう根拠の無い事をするタイプでは無い。もしかすると何かあるのかも知れない、と男も一緒になって調べる事にした。
「どれ……」
壁に触れて、男は顔色を変える。その壁には魔術が掛けられた痕跡があったからだ。
こんなもの見つけようとすればすぐに見つけられる。が、この魔術は「この場所を気にしない」などと、周囲の意識に働きかける類の魔術だ。普通ならその魔術の働きの通りここは素通りしてしまう。女がどうしてすぐにコレに気付いたかは分からない。
でもこのテの魔術は一度破れてしまえば問題は無い。そして、この奥には間違いなく何かがあるという事。
男は壁に手をかざし容易く壁を破壊する。力ではなく、魔力で。
「ん、やっぱりおかしいな。壁の組織が随分こじれていた。誰かが間違いなく魔術でこの壁を補強していたな」
「ビンゴかしらね」
壊れた壁の奥には、洞窟には似合わない研究所のような施設。しかしそこに生きた人は居なく、古び方からすると百年は越えているようだった。女は軽い足取りで進む。
「おい、気をつけろよ! そこら中死体だらけじゃねーか」
研究所は、何か事故でもあったのだろうか。そこには既に白骨化した死体と、たまに最近のものと思われる死体が転がっていた。崩れた施設を進むと奥にはもう既に機能していない機械。そして、その一室の一箇所に死体が山のようになっている。
「この死体の下、怪しいわね」
「どかすか」
少しずつ死体を掘り返して行くと、そこには一本の大剣。
「何で剣に死体が乗ってなきゃいけないんだ?」
とはいえ、男は何か気にかかる。このゴテゴテした大剣から発せられる禍々しさは、まるでこの惨事の原因は自分だと言っているようだった。
「この剣だわ」
女が、よく分からない事を口にする。
「この剣が、呼んでいたのよ」
「お、おい……」
男が止める間もなく、女は勢いよくその剣を手にした。
瞬間、先程までの禍々しさが一気に爆発する。息をするのも苦しいようなその空間で、何とか意識をしっかり持とうと男は顔を振った。
淀んだ空気の中に響く一つの声。
『おなかがすいたな』
男でも女でも無いようなその声が聞こえたかと思うと、男の腹は女によって剣で斬り裂かれていた。
「……な」
何でなどと聞くまでも無い。女の目は既に虚ろ。あの剣は触るべきじゃなかったのだ。
男は痛みに耐え、さらに奥へ進もうとする女を追おうとしたが、その傷がそうはさせてくれなかった。
「嘘だろ……?」
まだ死んでもいないのに傷口から腐敗が始まる。どろりと落ちていく腐った肉片を手に取ると、男は自分の出来る限りの治療魔術をもって修復を試みた。少しは治ったが腐敗の侵食は止まらない。生きながら腐る痛みに意識を朦朧とさせながら、男は次に自分の腹を焼いた。
この腐敗が剣にかかる呪いのせいならば、それ以上の魔術で止めるしかない。自分の血で儀式の陣を床に描き、男は次の魔術を成功させる。残念ながら剣の呪いの方が強く、呪いを遅らせる程度にしかならなかったが。
「…………」
やるだけやって、男の意識はそこで途切れた。
◇◇◇ ◇◇◇
「何か呼ばれている気がするのよ」
空色の髪と瞳にふくよかな胸を持て余し、その肉感的な身体にフィットした黒いスウェットスーツを着た女性が鉱山の洞窟の奥でぽつりと呟いた。隣に居る貴族のような身なりの青年が不思議そうな顔をして答える。
「とは言っても、とっくに掘りつくされた鉱山に何があるっていうのか悩むところだけどな」
そう、ここは既に何百年も前に鉱石は掘りつくされていた。なのにそんな場所に来ているのは、女の勘。
「ここが気になるわ」
そう言うと女は、何も無い壁を触りながら確かめる。腰巻が揺れ、何をするにしても色香が零れる女。男の目線は一瞬その腰にいくが、すぐに邪な考えを振り払い壁を見た。
普通なら馬鹿馬鹿しいと言い捨てるところだが、女は普段そういう根拠の無い事をするタイプでは無い。もしかすると何かあるのかも知れない、と男も一緒になって調べる事にした。
「どれ……」
壁に触れて、男は顔色を変える。その壁には魔術が掛けられた痕跡があったからだ。
こんなもの見つけようとすればすぐに見つけられる。が、この魔術は「この場所を気にしない」などと、周囲の意識に働きかける類の魔術だ。普通ならその魔術の働きの通りここは素通りしてしまう。女がどうしてすぐにコレに気付いたかは分からない。
でもこのテの魔術は一度破れてしまえば問題は無い。そして、この奥には間違いなく何かがあるという事。
男は壁に手をかざし容易く壁を破壊する。力ではなく、魔力で。
「ん、やっぱりおかしいな。壁の組織が随分こじれていた。誰かが間違いなく魔術でこの壁を補強していたな」
「ビンゴかしらね」
壊れた壁の奥には、洞窟には似合わない研究所のような施設。しかしそこに生きた人は居なく、古び方からすると百年は越えているようだった。女は軽い足取りで進む。
「おい、気をつけろよ! そこら中死体だらけじゃねーか」
研究所は、何か事故でもあったのだろうか。そこには既に白骨化した死体と、たまに最近のものと思われる死体が転がっていた。崩れた施設を進むと奥にはもう既に機能していない機械。そして、その一室の一箇所に死体が山のようになっている。
「この死体の下、怪しいわね」
「どかすか」
少しずつ死体を掘り返して行くと、そこには一本の大剣。
「何で剣に死体が乗ってなきゃいけないんだ?」
とはいえ、男は何か気にかかる。このゴテゴテした大剣から発せられる禍々しさは、まるでこの惨事の原因は自分だと言っているようだった。
「この剣だわ」
女が、よく分からない事を口にする。
「この剣が、呼んでいたのよ」
「お、おい……」
男が止める間もなく、女は勢いよくその剣を手にした。
瞬間、先程までの禍々しさが一気に爆発する。息をするのも苦しいようなその空間で、何とか意識をしっかり持とうと男は顔を振った。
淀んだ空気の中に響く一つの声。
『おなかがすいたな』
男でも女でも無いようなその声が聞こえたかと思うと、男の腹は女によって剣で斬り裂かれていた。
「……な」
何でなどと聞くまでも無い。女の目は既に虚ろ。あの剣は触るべきじゃなかったのだ。
男は痛みに耐え、さらに奥へ進もうとする女を追おうとしたが、その傷がそうはさせてくれなかった。
「嘘だろ……?」
まだ死んでもいないのに傷口から腐敗が始まる。どろりと落ちていく腐った肉片を手に取ると、男は自分の出来る限りの治療魔術をもって修復を試みた。少しは治ったが腐敗の侵食は止まらない。生きながら腐る痛みに意識を朦朧とさせながら、男は次に自分の腹を焼いた。
この腐敗が剣にかかる呪いのせいならば、それ以上の魔術で止めるしかない。自分の血で儀式の陣を床に描き、男は次の魔術を成功させる。残念ながら剣の呪いの方が強く、呪いを遅らせる程度にしかならなかったが。
「…………」
やるだけやって、男の意識はそこで途切れた。
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更新日:2011-06-20 17:28:24