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挿絵 400*400

 ネックレスの価値がどれほどの物か分からないが、盗品かも知れないのだ、簡単に人に渡すわけにはいかない。

「……大事です、返してください」

「盗品なのに?」

「!?」

 物を見てもいないエリオットさんが私達のやり取りに若干ついていけないようで、不思議そうにこちらを見ている。
 彼はそのネックレスが盗品である、と確かに言い、思わず私はそれが事実だと言わんばかりの表情をしてしまう。
 彼がそれを見てにやりと笑った。その三つの瞳で私の中まで覗き込むようにじっと見つめてくる。

「あんた達二人の探し物は、見つからないよ」

 そして急に、何の根拠があるのかも分からない言葉を鋭く言い放つ。

「何だぁ?」

 ますます分からなくなったエリオットさんはいい加減に飽きてきたのか、ガシッと少年の頭を押さえ込んで顔を近づけ脅し始めた。

「ぐだぐだ言ってねぇで出すもん出せや、こっちが下手に出てるからって調子ん乗ってんじゃねーぞコラ」

 もはや王子の威厳ゼロ、タチの悪いチンピラのように少年に喰ってかかる。少年は怯える様子も無く、わざとらしく両手の平を上に上げて茶化した。

「おー怖い、王子様がそんなんでいいの?」

 少年がそう言った瞬間、エリオットさんは彼の頭を掴んでゴンッとテーブルに叩きつける。エリオットさんの逆鱗に触れた少年の頭が鳴らした大きな鈍い音に、周囲は流石にざわめき始めた。

「俺は男にゃ容赦ねーんだよ、子供だからって手ぇ出さないと思ってたら大きな間違いだぞ」

 そしてそのまま掴んだ頭をぐりぐりと机に押し付ける。

「ちょっと、流石にその辺で……」

 私はきょろきょろと周囲の目を気にしながらエリオットさんを止めに入った。だがしかしその直後、少年が発した異質な空気にビクリと体を震わせてたじろいでしまう。エリオットさんも思わず掴んでいた手を離して一歩後ろに下がった。
 机に頭を突っ伏したままの少年の背から何か魔術的な威圧を感じ、私は背中の槍に手だけかけて警戒する。

「折角助言してやろうと思ったのにひっどいやり方だな、信じらんない」

 少年は顔だけ上げてこちらを三つの目で睨む。その目は先程の青褐色ではなく、熟れた葡萄のような赤紫の色に変わっていた。

「俺はこんな変なガキとばかり縁があるのか……」

 何かエリオットさんがぼやいている。

「女難の相ならず子難の相、とでも言えばいいのかな。多分、そういう縁、あるよ。子どもには気を付けなよ」

 そのぼやきにわざわざ少年が答えるが、その答えた内容についてはさっぱり理解し難い。少年は上着の中からごそごそと例のネックレスを取り出し、

「捕まえられたら返してあげる」

 見せびらかしながらサッと逃げていく。

「あっ、ちょっと!!」

 不意を突かれた私とエリオットさんはすぐに追いかける足が出ず、その場は逃げられてしまう。

「こんのやろー!」

 二人で慌ててまた追いかける事になった。
 今度は先程と違い辛うじて少年の姿が見える。とにかく見失わないように追うだけだ。
 しかし路地から路地へいくつも角を曲がっては、少年に翻弄され続ける。
 彼は背中に目でも付いているのか、走りながらもこちらの位置を把握しているように華麗に逃げていた。人ごみを掻き分け、やっと入ってくれた路地裏では、あと一歩のところで彼の背に手が届かない。
 軽やかに逃げ続ける少年に導かれるように私達は街の南口へと着いた。
 ふと、少年が足を止める。それに釣られてこちらも思わず追う足を止めてしまう。
 既に周囲に人は居らず、少年は私達に背を向けたまま右手にずっと持っていたネックレスを高く振りかざした。

「ゲームオーバー」

 少年は顔を上げ、持ったネックレスを少しずつ下げていく。後姿からはよく見えないが、まるでネックレスを食べようとしているような構図だった。そ、そんなわけない、と思いたい。
 が、ネックレスが下がりきる前に突然それは現れた。
 素早く少年の手からネックレスを奪うのは……

「本当に、目を離すとすぐコレです」

 白緑の髪の青年。

「ふぇっ!?」

 流石の少年も何が起きたか分からないようでこちらを振り向く。だが見るべき方向はこちらではない、少年の真横にいるセオリーだ。
 セオリーは以前と同じような藍色の軽鎧を身に纏って、何も無かった場所に現れて少年のネックレスを横取りしたのである。

「……!? あんた、生きてないな?」

 少年はやや怯えたようにセオリーから少しずつ距離を取っていく。

「何故貴方がコレを持っているのか教えて頂けますか?」

 その紅い目は少年を射るように見つめた。氷のような視線に耐え切れず少年は喋りだす。

更新日:2012-11-02 22:54:27

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