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見えたもの ~それは近い未来に~
「エリオットさんっ! 起きてくださぁい、朝ですよーっ」
寝ぼすけを揺すり起こしているレクチェさんを垣間見ながら、私はベッドを椅子がわりに座って砥草で歯を磨く。ぐらんぐらんと揺すられながらも彼は一向に起きようとしなかった。何となく覚えのある光景にげんなりして肩を落としてしまう。
「うぅ……」
お、若干の反応あり。
シャコシャコと歯を磨きながらその様子を見ていると、彼は薄らとその緑の瞳を開いて、傍らに居るレクチェさんの存在に気がついたようだった。
「あっ、起きました?」
パァッとそれまで困っていた表情をしていたその顔を明るい笑顔に変えて、彼女は寝ぼすけに語りかける。
「おー……おはよー」
そして上半身だけむくりと起こしたエリオットさんは、自分を起こしてくれていた彼女の左頬に軽くキス。
「!?!?」
総毛立つレクチェさんを見るまでもなく私はベッドから立ち上がり、左足で彼のわき腹に回し蹴りを放った。
ドゥフ! ともろに腹に入り込む私の一撃に、悲鳴すらも詰まらせてエリオットさんは悶絶する。とりあえず歯を磨いていては会話も出来ないので私は無言でその場を後にし、キッチンで口を漱いでから戻ってきた。そこにはまだわき腹を抱えてのた打ち回っている変態が一匹と、その変態を上からバシンバシンと叩くレクチェさん。
呆れ顔で私は言い放った。
「起き抜けにあんなものを見せないでください」
「けっ、蹴らなくても……しかも本気で……」
涙目でのそりと再度体を起こすと、エリオットさんは何やらこの私に文句を言う。私は半眼で冷めた視線を彼に投げながら言ってやった。
「姉さんを助けたら、次の標的は貴方ですよ」
一度痛い目に遭わせないとこのテの輩は反省しないから手に負えない。
「ちょっとキスしただけなのに……」
「ちょ、ちょっとって事無いです! 私本当にビックリしたんですからっ!!」
もう私が突っ込むまでもないようだ。顔を真っ赤にして慌てていたレクチェさんは、少し落ち着いたところで今度は彼の救いようの無い愚痴に叱咤する。
彼女を気に掛けているルフィーナさんが今のシーンを見たならもっと怒っていただろうか。だがルフィーナさんは今、用事があると言って朝早くに隣の家に出かけたままだ。
今度はさっきよりも少し弱めにぽかぽかと叩かれているエリオットさんも、ルフィーナさんがいない事に気がついたようだ。レクチェさんに叩かれながら、こちらに問いかける。
「ルフィーナは?」
「エリオットさんが間抜け面で寝ている間に出かけました」
「あぁそうかい」
彼は叩き続けるレクチェさんの手首を掴んで止めると、布団から出てベッドを降りた。掴んでいた手を離してから、そのまま背伸びをして大あくび。
「悶々としてなかなか寝付けなかったんだよ。正直もっと寝ていたい」
「……寝込みを襲うか襲わないか悩んで、ですか?」
「襲うわけじゃない! ちょっと一緒に寝るだけだ!!」
もう答えるのも苛立たしいので返事代わりにもう一発、今度はその無防備な尻に蹴りを入れてやった。今度は声を出すだけの余裕はあったようだ、『いだいっ!』と犬のように甲高い悲鳴を上げてエリオットさんは飛び跳ねる。
そんな、気の緩みきった朝。
くだらない事がとても大事なものだったと、気付けなかった……朝。
凍った針葉樹が幅を狭めるその雪道で、私達は二頭の馬を使って南下していた。
他の女性をエリオットさんと一緒に乗せるのは憚られるので、私が手綱を持った彼の腕の中にすっぽり納まりながら槍を手に一緒に乗っているという……大変遺憾が残る状況になっている。それはエリオットさんも同じようで、始めは何やらぶつぶつ言っていたが今はもうそれも無い。
ルフィーナさんの推測としてはこうだった。姉さんが王都より南で何か動きを見せた様子が無いのでまだ北方にいるのではないか、という。無論その裏づけとなるのは、ここにまだレクチェさんがいるという事実。
そしてこちらを探すつもりならばツィバルドに潜伏している可能性も高い。あれだけ大きな街だと今まで滅ぼした村などと違ってそう簡単には手を出せないから、あえて潜み伺っている可能性も考えられるのだ。
背もたれに預ける体重を少し増やし、私はしばらく馬に揺られながら凛と張り詰めた午前の空気を肺に入れて意識を確かなものとした。
「くっつきすぎだっつーの、重いぞ」
「背もたれは黙ってください」
「誰が背もたれだ!?」
寝ぼすけを揺すり起こしているレクチェさんを垣間見ながら、私はベッドを椅子がわりに座って砥草で歯を磨く。ぐらんぐらんと揺すられながらも彼は一向に起きようとしなかった。何となく覚えのある光景にげんなりして肩を落としてしまう。
「うぅ……」
お、若干の反応あり。
シャコシャコと歯を磨きながらその様子を見ていると、彼は薄らとその緑の瞳を開いて、傍らに居るレクチェさんの存在に気がついたようだった。
「あっ、起きました?」
パァッとそれまで困っていた表情をしていたその顔を明るい笑顔に変えて、彼女は寝ぼすけに語りかける。
「おー……おはよー」
そして上半身だけむくりと起こしたエリオットさんは、自分を起こしてくれていた彼女の左頬に軽くキス。
「!?!?」
総毛立つレクチェさんを見るまでもなく私はベッドから立ち上がり、左足で彼のわき腹に回し蹴りを放った。
ドゥフ! ともろに腹に入り込む私の一撃に、悲鳴すらも詰まらせてエリオットさんは悶絶する。とりあえず歯を磨いていては会話も出来ないので私は無言でその場を後にし、キッチンで口を漱いでから戻ってきた。そこにはまだわき腹を抱えてのた打ち回っている変態が一匹と、その変態を上からバシンバシンと叩くレクチェさん。
呆れ顔で私は言い放った。
「起き抜けにあんなものを見せないでください」
「けっ、蹴らなくても……しかも本気で……」
涙目でのそりと再度体を起こすと、エリオットさんは何やらこの私に文句を言う。私は半眼で冷めた視線を彼に投げながら言ってやった。
「姉さんを助けたら、次の標的は貴方ですよ」
一度痛い目に遭わせないとこのテの輩は反省しないから手に負えない。
「ちょっとキスしただけなのに……」
「ちょ、ちょっとって事無いです! 私本当にビックリしたんですからっ!!」
もう私が突っ込むまでもないようだ。顔を真っ赤にして慌てていたレクチェさんは、少し落ち着いたところで今度は彼の救いようの無い愚痴に叱咤する。
彼女を気に掛けているルフィーナさんが今のシーンを見たならもっと怒っていただろうか。だがルフィーナさんは今、用事があると言って朝早くに隣の家に出かけたままだ。
今度はさっきよりも少し弱めにぽかぽかと叩かれているエリオットさんも、ルフィーナさんがいない事に気がついたようだ。レクチェさんに叩かれながら、こちらに問いかける。
「ルフィーナは?」
「エリオットさんが間抜け面で寝ている間に出かけました」
「あぁそうかい」
彼は叩き続けるレクチェさんの手首を掴んで止めると、布団から出てベッドを降りた。掴んでいた手を離してから、そのまま背伸びをして大あくび。
「悶々としてなかなか寝付けなかったんだよ。正直もっと寝ていたい」
「……寝込みを襲うか襲わないか悩んで、ですか?」
「襲うわけじゃない! ちょっと一緒に寝るだけだ!!」
もう答えるのも苛立たしいので返事代わりにもう一発、今度はその無防備な尻に蹴りを入れてやった。今度は声を出すだけの余裕はあったようだ、『いだいっ!』と犬のように甲高い悲鳴を上げてエリオットさんは飛び跳ねる。
そんな、気の緩みきった朝。
くだらない事がとても大事なものだったと、気付けなかった……朝。
凍った針葉樹が幅を狭めるその雪道で、私達は二頭の馬を使って南下していた。
他の女性をエリオットさんと一緒に乗せるのは憚られるので、私が手綱を持った彼の腕の中にすっぽり納まりながら槍を手に一緒に乗っているという……大変遺憾が残る状況になっている。それはエリオットさんも同じようで、始めは何やらぶつぶつ言っていたが今はもうそれも無い。
ルフィーナさんの推測としてはこうだった。姉さんが王都より南で何か動きを見せた様子が無いのでまだ北方にいるのではないか、という。無論その裏づけとなるのは、ここにまだレクチェさんがいるという事実。
そしてこちらを探すつもりならばツィバルドに潜伏している可能性も高い。あれだけ大きな街だと今まで滅ぼした村などと違ってそう簡単には手を出せないから、あえて潜み伺っている可能性も考えられるのだ。
背もたれに預ける体重を少し増やし、私はしばらく馬に揺られながら凛と張り詰めた午前の空気を肺に入れて意識を確かなものとした。
「くっつきすぎだっつーの、重いぞ」
「背もたれは黙ってください」
「誰が背もたれだ!?」
更新日:2012-03-16 16:15:30