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挿絵 400*400

 食事を済ませた後は、お風呂まで使わせて貰える事になった。何故かエリオットさんが一番風呂にルフィーナさんから指定される。

「だって私達の後に入ったらお湯を飲んじゃいそうだし」

 との言い分。いくらなんでもそこまではしないと思ったが、別にフォローする義理も無いので黙っていた。
 お風呂は家の中には無く、家の裏に大人の背丈くらいの囲いがあってその内側に横から焚き木をくべる事の出来る釜戸と石の風呂釜があった。
 少し長く入っていると冷えてしまうようなので、適温に調節するにはもう一人が横にいたほうがいい、という造りだ。聞いた事はあるが、私はこのタイプのお風呂は初めて。
 しかも、長風呂したいエリオットさんの我侭で私が火の番をする事になる。そもそも一番手なんだから他を待たせずにすぐに出ればいいものを……

「めんどくさ」

「黙って俺のために働け! ハハハハハ!」

 湯船に浸かりながら高笑いするエリオットさん。寒いこの地域は相当芯から温まらないと外に出た時点ですぐ冷えて風邪を引いてしまいそうで、確かに誰かに居て貰ってゆっくり入ったほうがイイ気はしないでもない。
 私が寒さに震えながらも渋々と火の番を続けていると、

「……ルフィーナに何を聞いたんだ?」

 高笑いを終えたエリオットさんが急に話を切り出してきた。

「言いませんよ、秘密です」

「何だよ言えよ」

「約束ですから」

 とにかく突っぱねる私に、不満そうに口を尖らせる彼。

「お堅いねぇ」

「……確かにルフィーナさんの行動は悪くはなかった、とだけ言っておきます」

 これなら当たり障り無いはずだ。
 ルフィーナさんへの彼の誤解を少しだけでも解ければいいと思い、内容ではなく私の感想を口にした。でもそれだけでは解けなかったようである。

「オイオイ、もう懐柔されてんのか? 信じるなよあの女を」

 これだけ弟子に信用されていない師もなかなか無いのではないか。二人の関係はやはりよく分からない。

「私だって全部信じているわけではありません、今は様子見ですよ」

「それならいいけど、っと」

 話を終えると彼が上半身を湯船から出す。
 入る時にもちらりと視界には入ったが、やはり腹の傷跡は生々しい。他にもニールを持った時に出来たのだと思われる小さい切り傷が沢山あるが、こちらは時間が経てば消えるだろうと思う。

「熱い、上がる!」

「はいどうぞ」

 子供みたいな事を言うエリオットさんに、かごに持ってきていた大き目のタオルを差し出してあげた。

「じゃ、先に家に行ってますね」

 私はそれより下のモノなど間違っても見たく無いのでさっさと戻ろうと囲いから出ようとする。
 が、

「ん? お前入らねーの?」

 と、止められてしまった。

「最後に頂くつもりですが」

「ここまで来てるんだから入ればいいだろーが」

 そう言って彼が完全にこの寒空にその身を出してしまうので、私はとりあえず顔だけ背けて視線を宙にやる。
 まぁ言わんとしている事は分かるので私は足を止めたまま、このままお風呂を頂く事にした。

「それも、そうですかね」

 私の返答に満足したようで、彼は体を拭き終え服を着ると無造作に置かれていた薪を釜戸に放り投げる。

「アツアツにしてやんよ!」

「勘弁してくださいよ、もう……」

 私はとりあえず下着だけになるまで一枚ずつ脱いでいく。正直寒い。
 震えながらも残りの二枚をさっさと脱いで、若干の羞恥心により前だけは小さめのタオルで隠してから、不穏なまでに次々と薪をくべていくエリオットさんの後ろを通ってお風呂に入るための小さな階段を登った。
 そしておそるおそる湯船に足をつけると、

「あっつ! ……さっむ……」

 つけた足は熱く、驚いてすぐにお湯から離す。だが勿論お湯に入れない私の顔はただその寒さに歪んだ。

「うわははははは!!!」

 エリオットさんは私の反応を見て、指を差し腹を抱えながら大爆笑。

「最低です! ほんと最低です!!」

 私は怒りに任せてその手の熱さを我慢しながら湯をバシャバシャとエリオットさんにかけてやる。
 タオルを持ったまま胸元で冷えている左手とは対照的に、湯をかけるために犠牲にした右手は裂けるように痛くて。

「だっ、ちょ、やめっ」

 熱湯をかけられ、悲鳴を上げるエリオットさん。 

「やめるわけないですよねぇぇぇぇ!!!」

 お湯が冷めるまで、私達はコレを続けたのだった。

更新日:2012-02-27 15:46:58

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