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私はそこで話を切らずにそのまま最後にもう一言だけ付け加えた。
「……そして、それが根源のようにも感じるのです」
ここまで言い終えて、私は区切りをつけたようにすっかり冷めたお茶に手を伸ばす。目の前のエルフは黙ったままでその答えを語らない。私もお茶を飲み終えるまで待ってみたが、埒が明かないのでまた自分で話す事にした。
「先日レクチェさんの様子がおかしかった時、あの光景は普通じゃありませんでした。だからこそ何かの価値があって研究施設に彼女が居たのだと思いますが、何故彼女が捨て置かれていたのかは全く見当がつきませんね……」
「私もそれは分からないわ」
そこでルフィーナさんが口を挟む。
彼女は何か悩んでいるかのように俯いていたが、すぐに私に視線を移して決心したように言葉を続けた。
「私はあの研究施設がまだ別の場所にあった遠い遠い昔、研究員として在籍していたのよ」
そう、告白する。
ここからは彼女の昔語り。私は静かにその次の言葉を待った。
「私達は遺跡や遺物による情報から、馬鹿げた話だけど神のような存在を確たる物として受けとめ始めていた。でないと説明が出来ない事ばかりだったからよ。
「やがて神の意思は、例えるなら天使、神の使いによってこの世界に伝達されていると確信した。この件での首謀者は、それを逆手に取って神に手を伸ばそうとしたの。
「その神の使いがレクチェ。当時はその存在をビフレストと呼んでいたわ。彼女の捕縛は、神との敵対種族として女神から生み出された者達とその武器の協力で行われた……それがクリス達の種族の事ね。
「その後、彼女を通じて神にアプローチする為に様々な実験を行ったの。百年以上に及ぶその体への負担は、神の使いとしての彼女の羽を捥ぐのに充分足るものだった。
「やがて、使い物にならなくなったレクチェを保管している間に様々な争いが身内で起こったわ。協力してくれていたサラの末裔との間にレクチェの扱いについて相違が生まれ、彼らを殲滅した代償として精霊武器は利用できなくなった。代わりのサラの末裔を探そうにも、この研究に反対し敵対していた他のサラの末裔はほとんど亡き者にしていたしね。
「私はその頃研究から離れた。元々主導者が知り合いだから参加していただけだし、特に私に思想があったわけじゃないから。ただ、ね……
「私は基本的にレクチェのお世話もしていたから、情が移っちゃったっていうのかな、あの子の事だけが凄く心配だったのね。だからと言って彼らから彼女を奪う術は私には無い……そこへエリ君が現れた。大剣の精霊武器で受けたであろう特異な傷を負って、しかもサラの末裔を連れて。
「クリス、貴方があの子にどう影響するか私には分からなかった。勝手にレクチェを殺されても困ると思ったから、少なくともそれだけは阻止するであろう連中に連絡をして様子を見たのよ」
……確かに最初の時、セオリーに止められていなければ私は精霊に飲まれかかっていたから何が起こってもおかしくは無かった。
二度目だってニールと仲が悪くなっていたからこそエリオットさんが無茶をしてくれてどうにかセーブ出来たようなものだ。
「何となく分かりました……」
それ以上は言葉にならなかった。神様がいて、その渡し舟的役割なのがレクチェさんで、普通ならすぐには信じられない。だが辛うじてそれを受け入れられるのは、あの光景を見てしまったからだろう。彼女がそれほどの存在であるというのなら、あの光景も頷けるというものだ。
「元々レクチェの役割は神の意をこの地に伝えるものの他に、サラの末裔というこの世界の招かれざる客の排除も兼ねているようなの。だからあの時レクチェは少しだけど貴方のお姉さんによって本来の目的を遂行するために動いていたのだと思うわ」
「元々レクチェさんはあんな感じだったのですか?」
神々しい光を帯びながらもその表情はただ無機質で、美しさと怖さを兼ねていた……あれが元々の状態だというのなら、今のレクチェさんは何なのか。
「そうね、サラの末裔にはあんな感じよ。でも普段はまるで聖女。捕縛された後も、私達には一切手を出す事は無かったの。敵はあくまで、女神が生み出したものだけ」
どこまでも私は神の敵なのだな、と実感する。
司祭を志していながら、変化すれば悪魔のような容姿、最初に生んだのが神か女神か、というだけでここまで違わなければいけないのか。
彼女の話はもはや私の小さな心で受け止めきれるものではなくなっていた。
「……そして、それが根源のようにも感じるのです」
ここまで言い終えて、私は区切りをつけたようにすっかり冷めたお茶に手を伸ばす。目の前のエルフは黙ったままでその答えを語らない。私もお茶を飲み終えるまで待ってみたが、埒が明かないのでまた自分で話す事にした。
「先日レクチェさんの様子がおかしかった時、あの光景は普通じゃありませんでした。だからこそ何かの価値があって研究施設に彼女が居たのだと思いますが、何故彼女が捨て置かれていたのかは全く見当がつきませんね……」
「私もそれは分からないわ」
そこでルフィーナさんが口を挟む。
彼女は何か悩んでいるかのように俯いていたが、すぐに私に視線を移して決心したように言葉を続けた。
「私はあの研究施設がまだ別の場所にあった遠い遠い昔、研究員として在籍していたのよ」
そう、告白する。
ここからは彼女の昔語り。私は静かにその次の言葉を待った。
「私達は遺跡や遺物による情報から、馬鹿げた話だけど神のような存在を確たる物として受けとめ始めていた。でないと説明が出来ない事ばかりだったからよ。
「やがて神の意思は、例えるなら天使、神の使いによってこの世界に伝達されていると確信した。この件での首謀者は、それを逆手に取って神に手を伸ばそうとしたの。
「その神の使いがレクチェ。当時はその存在をビフレストと呼んでいたわ。彼女の捕縛は、神との敵対種族として女神から生み出された者達とその武器の協力で行われた……それがクリス達の種族の事ね。
「その後、彼女を通じて神にアプローチする為に様々な実験を行ったの。百年以上に及ぶその体への負担は、神の使いとしての彼女の羽を捥ぐのに充分足るものだった。
「やがて、使い物にならなくなったレクチェを保管している間に様々な争いが身内で起こったわ。協力してくれていたサラの末裔との間にレクチェの扱いについて相違が生まれ、彼らを殲滅した代償として精霊武器は利用できなくなった。代わりのサラの末裔を探そうにも、この研究に反対し敵対していた他のサラの末裔はほとんど亡き者にしていたしね。
「私はその頃研究から離れた。元々主導者が知り合いだから参加していただけだし、特に私に思想があったわけじゃないから。ただ、ね……
「私は基本的にレクチェのお世話もしていたから、情が移っちゃったっていうのかな、あの子の事だけが凄く心配だったのね。だからと言って彼らから彼女を奪う術は私には無い……そこへエリ君が現れた。大剣の精霊武器で受けたであろう特異な傷を負って、しかもサラの末裔を連れて。
「クリス、貴方があの子にどう影響するか私には分からなかった。勝手にレクチェを殺されても困ると思ったから、少なくともそれだけは阻止するであろう連中に連絡をして様子を見たのよ」
……確かに最初の時、セオリーに止められていなければ私は精霊に飲まれかかっていたから何が起こってもおかしくは無かった。
二度目だってニールと仲が悪くなっていたからこそエリオットさんが無茶をしてくれてどうにかセーブ出来たようなものだ。
「何となく分かりました……」
それ以上は言葉にならなかった。神様がいて、その渡し舟的役割なのがレクチェさんで、普通ならすぐには信じられない。だが辛うじてそれを受け入れられるのは、あの光景を見てしまったからだろう。彼女がそれほどの存在であるというのなら、あの光景も頷けるというものだ。
「元々レクチェの役割は神の意をこの地に伝えるものの他に、サラの末裔というこの世界の招かれざる客の排除も兼ねているようなの。だからあの時レクチェは少しだけど貴方のお姉さんによって本来の目的を遂行するために動いていたのだと思うわ」
「元々レクチェさんはあんな感じだったのですか?」
神々しい光を帯びながらもその表情はただ無機質で、美しさと怖さを兼ねていた……あれが元々の状態だというのなら、今のレクチェさんは何なのか。
「そうね、サラの末裔にはあんな感じよ。でも普段はまるで聖女。捕縛された後も、私達には一切手を出す事は無かったの。敵はあくまで、女神が生み出したものだけ」
どこまでも私は神の敵なのだな、と実感する。
司祭を志していながら、変化すれば悪魔のような容姿、最初に生んだのが神か女神か、というだけでここまで違わなければいけないのか。
彼女の話はもはや私の小さな心で受け止めきれるものではなくなっていた。
更新日:2012-02-27 15:29:41