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「てんめぇ……」
何喰わぬ顔で声を掛けてくる自分の師であるエルフに、こめかみと口元を引きつらせながら呻くエリオットさん。
エルフ達と戦闘になる、という想像していた悪い事態は免れたがこれはこれで訝しいものがある。
何しろ、レクチェさんを連れ去って逃げておきながら、悪びれる様子もなく私達の到着を受け入れているのだから。
「まぁ座りなさいよ。お祖母ちゃん、お茶入れてあげてー」
ルフィーナさんが声を掛けた先をちらりと見ると、顔色も変えずにハイハイとキッチンでお湯を沸かし始める先程の初老のエルフの女性。実の祖母なのかそれとも愛称なのかは私には判別出来なかったが、ルフィーナさん同様に彼女の髪の色は東雲色、瞳は紅い。
ルフィーナさん達の正面のソファに二人で腰を下ろすと、エリオットさんの恨み言が始まった。
「あれだけの事しておいて、よくまぁそんな態度で俺達の前に居られるな……」
それを聞いてレクチェさんがピクリと反応する。
「やっぱり! あんな風に私達だけ逃げてきたら拙かったんじゃないですかルフィーナさん!」
けれどレクチェさんのその言葉に、エルフ独特の身軽そうな民族衣装を纏ったルフィーナさんが至って冷静に反論した。
「あれが最善の策だったんだから仕方ないじゃない?」
二人だけで逃げる事が最善だった、と彼女は言う。いつも通りの笑顔の仮面で、言葉の裏を読ませないように。
だがエリオットさんはいつもと違い、諦めずにそこに食い下がった。
「テメェが最初から知ってる事話していればもっとマシな結果が出てたはずなんだよ」
「今回ばかりは、エリオットさんに賛同します……」
私もそれに続く。
彼女はあの後起こった出来事を知らない、エリオットさんが自分の身を犠牲にしてでも私の姉を助けようとした事を。
そこでふと、テーブルの上に木製の器に入れられたお茶が脇から差し出されて会話は中断した。
手元に残ったお盆を胸に抱えて初老のエルフが一歩下がる。
特に話題に口を挟む事もせずに彼女はお盆をキッチンへ戻すと『ごゆっくり』と家の外へ出て行ってしまった。空気を読んでくれたのかも知れない。
ルフィーナさんは少し間をおいた後に、ようやく重い口を開いた。
「エリ君とレクチェは席を外して貰っていいかしら?」
「何だと?」
彼女の提案に不満の色を隠せないエリオットさん。私としても何故私だけ残されるのか全く分からず腑に落ちない。
動こうとしない彼らにルフィーナさんは再度促す。
「ちょっと釣りでもしてきなさいよ。レクチェ、道具の場所は分かるわね?」
少し困った顔をしていたレクチェさんだったが、静かに頷いて玄関の壁際に掛かっているピンクのファーコートを手に取った。
そして仏頂面の彼に促す。
「家の裏に釣竿とかあるんで、行きましょうエリオットさん」
「分かった……」
ここにいても彼女が自分に聞かせる事は無いのだろうと判断したのか渋々引き下がり、二人は先程のお婆さんと同じように外へ出て行ってしまった。
それを見届けてから、ルフィーナさんが話を切り出してくる。
「エリ君は賢いからねぇ、あんまり喋ると教えたくない事まで勘付いちゃいそうだったから」
「それって酷いです!」
私の悲鳴にも似た叫びに、彼女は大きな口を開けてアハハと笑い出した。だがそれもすぐにピタリと止み、
「で、クリスはどう考えているの?」
ルフィーナさんはまず問いかけから入ってきた。まるでお勉強みたいな気分になる。
「どうって……」
言葉に詰まってしまう。何から話したらいいのかよく分からないからだ。しばらく考えて、とりあえず今までの中で『私が』引っかかった事を伝えようと思った。
「ルフィーナさんって、保護者みたいですよね」
彼女の細い目が、丸くなる。
「えっと、それは言葉のまま受け取っていいのかしら?」
「はい、特に他意はありません」
私の言葉に毒気が抜かれたように、彼女の纏う空気が和らいだ。
「それと正直な話、私とこの槍の精霊は何故かレクチェさんに敵意を抱いています。ですがそれをルフィーナさんには伝えていないのに、知っているような立ち回りをされていると感じました。まるで彼女を護るように……」
先程和らいだばかりの空気が、すぐに張り詰めたものに変わる。彼女の表情も少し鋭くなった。が、私は構わずに続ける。
「だから、私のこの理由の無い敵意の正体を、ルフィーナさんは知っているのだと思っています」
何喰わぬ顔で声を掛けてくる自分の師であるエルフに、こめかみと口元を引きつらせながら呻くエリオットさん。
エルフ達と戦闘になる、という想像していた悪い事態は免れたがこれはこれで訝しいものがある。
何しろ、レクチェさんを連れ去って逃げておきながら、悪びれる様子もなく私達の到着を受け入れているのだから。
「まぁ座りなさいよ。お祖母ちゃん、お茶入れてあげてー」
ルフィーナさんが声を掛けた先をちらりと見ると、顔色も変えずにハイハイとキッチンでお湯を沸かし始める先程の初老のエルフの女性。実の祖母なのかそれとも愛称なのかは私には判別出来なかったが、ルフィーナさん同様に彼女の髪の色は東雲色、瞳は紅い。
ルフィーナさん達の正面のソファに二人で腰を下ろすと、エリオットさんの恨み言が始まった。
「あれだけの事しておいて、よくまぁそんな態度で俺達の前に居られるな……」
それを聞いてレクチェさんがピクリと反応する。
「やっぱり! あんな風に私達だけ逃げてきたら拙かったんじゃないですかルフィーナさん!」
けれどレクチェさんのその言葉に、エルフ独特の身軽そうな民族衣装を纏ったルフィーナさんが至って冷静に反論した。
「あれが最善の策だったんだから仕方ないじゃない?」
二人だけで逃げる事が最善だった、と彼女は言う。いつも通りの笑顔の仮面で、言葉の裏を読ませないように。
だがエリオットさんはいつもと違い、諦めずにそこに食い下がった。
「テメェが最初から知ってる事話していればもっとマシな結果が出てたはずなんだよ」
「今回ばかりは、エリオットさんに賛同します……」
私もそれに続く。
彼女はあの後起こった出来事を知らない、エリオットさんが自分の身を犠牲にしてでも私の姉を助けようとした事を。
そこでふと、テーブルの上に木製の器に入れられたお茶が脇から差し出されて会話は中断した。
手元に残ったお盆を胸に抱えて初老のエルフが一歩下がる。
特に話題に口を挟む事もせずに彼女はお盆をキッチンへ戻すと『ごゆっくり』と家の外へ出て行ってしまった。空気を読んでくれたのかも知れない。
ルフィーナさんは少し間をおいた後に、ようやく重い口を開いた。
「エリ君とレクチェは席を外して貰っていいかしら?」
「何だと?」
彼女の提案に不満の色を隠せないエリオットさん。私としても何故私だけ残されるのか全く分からず腑に落ちない。
動こうとしない彼らにルフィーナさんは再度促す。
「ちょっと釣りでもしてきなさいよ。レクチェ、道具の場所は分かるわね?」
少し困った顔をしていたレクチェさんだったが、静かに頷いて玄関の壁際に掛かっているピンクのファーコートを手に取った。
そして仏頂面の彼に促す。
「家の裏に釣竿とかあるんで、行きましょうエリオットさん」
「分かった……」
ここにいても彼女が自分に聞かせる事は無いのだろうと判断したのか渋々引き下がり、二人は先程のお婆さんと同じように外へ出て行ってしまった。
それを見届けてから、ルフィーナさんが話を切り出してくる。
「エリ君は賢いからねぇ、あんまり喋ると教えたくない事まで勘付いちゃいそうだったから」
「それって酷いです!」
私の悲鳴にも似た叫びに、彼女は大きな口を開けてアハハと笑い出した。だがそれもすぐにピタリと止み、
「で、クリスはどう考えているの?」
ルフィーナさんはまず問いかけから入ってきた。まるでお勉強みたいな気分になる。
「どうって……」
言葉に詰まってしまう。何から話したらいいのかよく分からないからだ。しばらく考えて、とりあえず今までの中で『私が』引っかかった事を伝えようと思った。
「ルフィーナさんって、保護者みたいですよね」
彼女の細い目が、丸くなる。
「えっと、それは言葉のまま受け取っていいのかしら?」
「はい、特に他意はありません」
私の言葉に毒気が抜かれたように、彼女の纏う空気が和らいだ。
「それと正直な話、私とこの槍の精霊は何故かレクチェさんに敵意を抱いています。ですがそれをルフィーナさんには伝えていないのに、知っているような立ち回りをされていると感じました。まるで彼女を護るように……」
先程和らいだばかりの空気が、すぐに張り詰めたものに変わる。彼女の表情も少し鋭くなった。が、私は構わずに続ける。
「だから、私のこの理由の無い敵意の正体を、ルフィーナさんは知っているのだと思っています」
更新日:2012-02-27 15:23:10