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挿絵 400*400



 次の日の朝早く、朝食と共にそれは私の元へ届けられた。
 持つのも苦労しそうな麻袋が、二つ。エリオットさんは普段こんなにお金を持ち歩いていなかったような気がするが……

「王子からの餞別と、それに余る分は国からのお礼です」

 一袋で一体何枚入っているのか、ざっと五百枚程度だろうか。あくまで目測でしかないが硬貨一千枚を目の前に私は頭がくらくらした。
 いつもはメイドさんが食事を運んできてくれるのに今日は何故執事さんが、と思ったらこういう事だったのか。

「こんなに頂いて良いのですか?」

「えぇ、勿論です。ただ、今回の事はどうかご内密に……」

 白髪まじりな赤茶の髪の紳士は、深々と私に頭を下げる。口止め料も入っている、という事か。

「分かりました」

 私の返事にほっとした表情の執事は、部屋の入り口で最後にまたお辞儀をして、出て行った。残された朝食と麻の袋。
 私はとりあえず温い朝食に手をつける。
 綺麗に焼かれたクロックムッシュはまだ温かかったが、添えられたウインナーは食べる頃にはもう冷えてしまっていた。あまり好きではないサラダも仕方なく平らげて、ミルクで流し込む。蜜でも入っているのだろうか、ミルクは上品にほんのりと甘かった。

「エリオットさんと旅するようになってから、食生活が豊かになった気がします……」

 私の独り言に、ニールがわざわざ答えてくれた。

『クリス様はそんなに貧乏だったのか』

「雀や蜥蜴も蛙も捕まえたその場で食べる程度に、お金はありませんでしたね。肉は大体平気なのですが、草や茸は間違えると酷いので苦手です」

『……大変だったのだな』

 ずっと着ていた法衣や衣服は全て教会で貰ったものだった。法衣って街ではどこで手に入るのだろう? 普通の衣料品店には在庫がある気がしない。エリオットさんが戻ってくるまでの課題は、法衣を探す事になりそうな気がするなぁ。
 私は食事を終えた後、ついつい麻袋に手が伸びてしまう。その丈夫な袋でなければすぐに破けてしまいそうな重量。開けてみるとやはり中身は金貨だった。普段そもそも金貨など手にもした事が無いのでその目映い輝きに口元が緩むのが分かる。いけないいけない、お金って本当に怖い。
 私の感覚なら一ヶ月の生活費など、贅沢をしてもこの金貨一枚でもお釣りがきてしまう。一家の大黒柱が懸命に働いても、月給は金貨一枚には届かない……それくらいの価値なのだ。 
 持ち運びながら旅は出来ないので、初めて銀行というものを使う事になるかも知れないなぁ、と何だかドキドキしてきた私。そういえばこの中のどれくらいがエリオットさんの持っていたお金なのだろうか。まぁいいか、とりあえず全部貯金してしまおう!



 貰う物を貰った私は、さっさと城を後にする。出来る事なら最後にもう一度レイアさんと会ってルフィーナさん達の行方を聞きたかったのだが、忙しそうな彼女に会う事は叶わなかった。大金を持って、エリオットさんの回復を待たずに城を出た私はきっとメイドさん達から陰口を叩かれているに違いない。
 とりあえず手持ちの九割は銀行に預けて、残りは少し小さい袋に入れてしっかりと持った。これからコレや荷物を入れる皮のバッグや、衣服を買わなくてはいけない。エルヴァンは今暖かいとはいえ、今の私は旅をするには少し軽装過ぎる。
 何軒か衣料品店を回ったが、法衣は置いていなかった。仕方ないので最後に回った魔術系の服飾店でそのまま品を揃える。狭い店内では所狭しと魔術用品が並んでいた。無論、衣類も。

「火鼠の皮のポーチに、魔月の呪のピアスに……」

 何だか明らかに違う物が混じっている気がするが、ただの装飾品と違って役に立たないわけではないのだから、とついつい衝動買い。
 問題は服だ、私は法衣以外に何を着ていいのか自分で選べるほどお金を持った事が無いのである。私は、お店の人に自分の属性やメインで使用している術式を伝えて大まかに選んで貰う事にした。

「聖職系なら、これで増幅が効くよ」

 紅絹色の鮮やかなドレッドヘアーの女性店員は、そのゴテゴテとした魔術装飾だらけの袖を捲くりながら目的の品を取り出す。
 ネープルスイエローの、ハイネックの丈の長いワンピース。だが両脇の太腿の付け根の位置からは深いスリットが入っており、その形はどことなく民族衣装っぽいオリエンタルな雰囲気を醸し出ている。だがその服に大きく刻まれた魔術紋様で、民族衣装というよりは魔術軽装に近かった。

更新日:2011-08-09 23:09:49

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