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挿絵 400*400

「俺に回って鳴けってか?」

 大層不満そうな顔でエリオットさんは確認した。

「別に他の方法でも構わんよ。土下座でもいい」

「……分かった」

 エリオットさんはまだ癒えてない身体を起こすと、両足を床に下ろしてゆっくりその固い床に膝を突いた。
 私は何だか邪魔になりそうだったので椅子を少し後ろに引いて、ライトさんとエリオットさんの間を空ける。
 彼は床に両手を突き、膝を折り、少しずつ土下座をする体勢になっていく。後は頭を床まで下げるだけだった。

「……っ」

 少し俯いたところで彼は小さく呻く。ライトさんはエリオットさんの正面に居る為、俯いた彼の表情はもう見えていないであろうが、私は二人の横に居るので彼のその苦悶の表情が痛いほど視界に入ってくる。
 これは私が見ててはいけないもののような気がして、後ろを向こうと椅子に座ったまま向きを変えようとした。が、それはすぐに制止される。

「ちゃんと、見るんだ。第三者が見なければ意味が無い」

「はっ、はい!」

 目を逸らす事も許されず、私はその居た堪れない光景を見続けた。
 ゆっくり、ゆっくりとエリオットさんの頭は下がっていく。私ならきっともう少し早く土下座が出来ていると思う。それは私と彼の持つ価値観の差なのだろう。
 既に緑の柔らかな前髪は白いタイルの床に付いており、あとは額を付けるだけだった。ずっと薄く目を開けていた彼がふっと目を閉じたかと思うとその瞬間、床に額を擦りつける。

「形だけじゃないだろ、土下座は。何か言う事があるんじゃないのか?」

 容赦無い。
 ライトさんはここまでしたエリオットさんに更にその先を求めた。まぁ確かに頭を下げてから詫びたり何なりするまでが土下座だとは思うが……

「……救って貰った身で、またローズを追う事を……許して欲しい……」

「お前は本当に下手だな、全くプライドを捨てられていないじゃないか」

 そしてダメ出し。
 彼は足元で土下座の姿勢を保ったままの王子に、

「あっ!!」

 私は思わず声が出てしまった。
 怒りに滲んだ表情でライトさんは、エリオットさんの頭を椅子に座ったまま踏みつけたのだ。座ったままの体勢でだから体重はあまり掛かっていないとは思うが、それでもこれはやり過ぎに思える。

「そ、そこまでしなくとも……」

 私の押さえ留める言葉など全く聞かずに彼は続けた。

「俺は土下座をしろと言ったわけじゃない、プライドを捨ててみろと言ったんだ。これくらいも出来ない覚悟で行くだなんて大概にしろ」

 その声色は彼の深い怒りを示すのに充分なもの、そしてその言い分は私にそれ以上の制止を諦めさせるに足る内容だった。
 ライトさんは踏みつけていたままの足を外し、床と彼の額の間に割り込ませて無理やりエリオットさんの顔を上げさせる。エリオットさんの、自尊心を捨て切れていないその反抗的な表情が、ライトさんの目に映った。互いに睨み付け合ったままその場が硬直する。

「靴を舐められるのなら、その表情のままでも許すぞ?」

 それを破ったのはライトさんの次の提案。

「出来るわけがねぇだろ!!!」

 ずっとつま先を額に突きつけられていた状態だったが、彼の足首を左手で掴んで振り払うエリオットさん。そのままライトさんに掴みかかる直前だったところを私が横から抱き止めた。

「だっ、駄目です!」

「止めんなよ! コイツの悪趣味にこれ以上付き合ってられるか!!」

「いや、腕! 腕治ってないんですから!!」

 そう、掴みかかってしまっては酷い怪我だった右腕にどんな負担がかかるか分からない。先日あの雪の街で千切れかかっていたあの腕が脳裏に蘇る。
 エリオットさんの激昂に、同じく先程まで怒りに満ちていたライトさんの顔は興を削がれたような表情になった。

「全く……」

 白衣のポケットをごそりと弄り、取り出したのは煙草とマッチ。火を点けようとした彼にエリオットさんはすかさず突っ込んだ。

「病室は禁煙!!」

 しかし無視して火を点け、煙草をふかすライトさん。
 しばらくぎゃあぎゃあと喚き散らすエリオットさんとそれを抑える私を完全に無視して一本吸い終える。綺麗な床には、灰がいくつも落とされていた。
 一服して落ち着いたのか、彼は未だに頭に血が上ったままのエリオットさんを諭すように言う。

「いいか、命を簡単に捨てようとしたお前が、生き延びた後にプライドを捨てられないだなんて滑稽だ。だったら両方捨てずにいろ。

 今ぐらい足掻いて死んだのなら、文句も言わんさ」

更新日:2011-08-02 22:08:09

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