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それから少しの時間、腰を落ち着けてエリオットさんの容態について確認する。
前回は旅が出来るようになるまでに二週間掛かったが、今回はその半分くらいで動ける見立てとの事。それも、腕以外なら三日もあればほぼ問題無いらしい。
特に話題も無くなって来て、私が部屋に戻ろうと思った頃合いだった。病室の白いドアから僅かに音が洩れる。
「!」
誰かが、来た。
ドアとはカーテンで隔たりがある為、誰が入ってきたかすぐには分からない。ドアが開ききり、また閉められる音……そして最後にもう一つ、カチャリという音。か、鍵を閉めた?
入ってくる時にノックがあったわけでもないその不穏な立ち入りに、カーテンが引かれるまでの間私達は会話を止める。
「警戒しなければいけないような事でも話していたのか?」
来たのは、ライトさんだった。
私達の間に走っていた緊張を察知して、先に指摘してくる。エリオットさんは、ほぅ、と息を吐くと強張っていた肩を緩ませて三十五度傾斜になっているベッドに寝直した。
「別に何となく、だよ。ノックくらいしろよ」
ごもっともです。
「わざとだ、反応を見たかったのでな」
エリオットさんの言葉に、何やら引っかかる物言いで返すライトさん。
彼はベッド脇の小さい椅子に座っている私と、ベッドの上のエリオットさんを交互に見た後、やれやれと言った困ったような表情で眉間に少し皺を寄せながら言う。
「その反応だと、また城を抜け出すつもりなんだろう?」
「むしろそんなの聞くまでもないよなぁ」
呆れ顔の友人の言葉に、からかうように答えたのはエリオットさん。
けれどそんなエリオットさんの態度に反して、彼の目は怒りを帯びていた。それに気付き、エリオットさんも釣られて目を細く鋭くする。
「……止める気か?」
今にも激突しそうなものに変わった二人の間の空気に、私はどちらの味方する事も出来ず口を挟めなかった。
エリオットさんには来て欲しいけれど、ライトさんの気持ちも分かるからだ。これは、私が軽々しく割って入っていい問題では無い。
「出る事自体を止めようとは思わん。だが自ら危険な問題に突っ込んで行くというのならそれは止めるに決まっている。俺はそんな事の為にお前を助けたわけじゃない」
「それは……」
反論しようの無いライトさんの言葉に、エリオットさんが口篭もる。
「それでもあの女をどうにか助けたいと言うのなら、今回の分と前回の呪いの分……きっちり借りを返してから行け。それで俺にはお前を止める権利は無くなる」
何も言えないエリオットさんに一つの提案をして、彼は少し離れたところにあるもう一つの椅子を引っ張ってきて腰を掛けた。
しかし借りを返すとは具体的にどう返すのだろうか。少なくともお金ではない、と感じているであろうエリオットさんも解かりかねているようで、しばらく俯いていた後気まずそうに聞く。
「何すりゃいいんだ……?」
その問いにさらりと白髪肌黒の獣人はこう答えた。
「お前が命の次に大事だと思うものを寄越せばいい。命を二度救った対価が、命の次の物なら安いものだろう」
「って言われても、俺にはローズ以外にはそんな固執するものは……」
いつまで経っても答えを導き出せない彼に、痺れを切らした獣人は溜め息を吐いて言う。
「……プライド」
「へ?」
「命に見合う対価は心だ。今すぐここで捨ててみせろ」
そう、要求する。
「何だ、プライドの捨て方も分からないのか、王子様は」
そう言われてグッと腹の底から湧き上がるような怒りを、エリオットさんは必死に止めていた。と言っても表情からはすぐにバレバレだが。
……少し突っつかれて、すぐに顔に出る。それはまさに彼のプライドからくるものだろう。それを捨てろとライトさんは言うのだ。
「クリスだったら捨てろと言われてどうする?」
ライトさんがこちらに急に話を振ってきた。
「えっ!? ええと、とりあえず自分を相手の下に下げます、かね。何ていうんですか……プライドを失くした人っていうと、犬? というイメージです」
「悪くない答えだ。よくあるのが三遍回ってワンと鳴け、だな。あれはプライドを捨てさせる命令だ」
私はエリオットさんがそれをする様を想像しようとした、がとてもじゃないが想像出来ない。彼の性格上、誰かに催眠でも掛けられていない限り有り得ない事だからだろう。
前回は旅が出来るようになるまでに二週間掛かったが、今回はその半分くらいで動ける見立てとの事。それも、腕以外なら三日もあればほぼ問題無いらしい。
特に話題も無くなって来て、私が部屋に戻ろうと思った頃合いだった。病室の白いドアから僅かに音が洩れる。
「!」
誰かが、来た。
ドアとはカーテンで隔たりがある為、誰が入ってきたかすぐには分からない。ドアが開ききり、また閉められる音……そして最後にもう一つ、カチャリという音。か、鍵を閉めた?
入ってくる時にノックがあったわけでもないその不穏な立ち入りに、カーテンが引かれるまでの間私達は会話を止める。
「警戒しなければいけないような事でも話していたのか?」
来たのは、ライトさんだった。
私達の間に走っていた緊張を察知して、先に指摘してくる。エリオットさんは、ほぅ、と息を吐くと強張っていた肩を緩ませて三十五度傾斜になっているベッドに寝直した。
「別に何となく、だよ。ノックくらいしろよ」
ごもっともです。
「わざとだ、反応を見たかったのでな」
エリオットさんの言葉に、何やら引っかかる物言いで返すライトさん。
彼はベッド脇の小さい椅子に座っている私と、ベッドの上のエリオットさんを交互に見た後、やれやれと言った困ったような表情で眉間に少し皺を寄せながら言う。
「その反応だと、また城を抜け出すつもりなんだろう?」
「むしろそんなの聞くまでもないよなぁ」
呆れ顔の友人の言葉に、からかうように答えたのはエリオットさん。
けれどそんなエリオットさんの態度に反して、彼の目は怒りを帯びていた。それに気付き、エリオットさんも釣られて目を細く鋭くする。
「……止める気か?」
今にも激突しそうなものに変わった二人の間の空気に、私はどちらの味方する事も出来ず口を挟めなかった。
エリオットさんには来て欲しいけれど、ライトさんの気持ちも分かるからだ。これは、私が軽々しく割って入っていい問題では無い。
「出る事自体を止めようとは思わん。だが自ら危険な問題に突っ込んで行くというのならそれは止めるに決まっている。俺はそんな事の為にお前を助けたわけじゃない」
「それは……」
反論しようの無いライトさんの言葉に、エリオットさんが口篭もる。
「それでもあの女をどうにか助けたいと言うのなら、今回の分と前回の呪いの分……きっちり借りを返してから行け。それで俺にはお前を止める権利は無くなる」
何も言えないエリオットさんに一つの提案をして、彼は少し離れたところにあるもう一つの椅子を引っ張ってきて腰を掛けた。
しかし借りを返すとは具体的にどう返すのだろうか。少なくともお金ではない、と感じているであろうエリオットさんも解かりかねているようで、しばらく俯いていた後気まずそうに聞く。
「何すりゃいいんだ……?」
その問いにさらりと白髪肌黒の獣人はこう答えた。
「お前が命の次に大事だと思うものを寄越せばいい。命を二度救った対価が、命の次の物なら安いものだろう」
「って言われても、俺にはローズ以外にはそんな固執するものは……」
いつまで経っても答えを導き出せない彼に、痺れを切らした獣人は溜め息を吐いて言う。
「……プライド」
「へ?」
「命に見合う対価は心だ。今すぐここで捨ててみせろ」
そう、要求する。
「何だ、プライドの捨て方も分からないのか、王子様は」
そう言われてグッと腹の底から湧き上がるような怒りを、エリオットさんは必死に止めていた。と言っても表情からはすぐにバレバレだが。
……少し突っつかれて、すぐに顔に出る。それはまさに彼のプライドからくるものだろう。それを捨てろとライトさんは言うのだ。
「クリスだったら捨てろと言われてどうする?」
ライトさんがこちらに急に話を振ってきた。
「えっ!? ええと、とりあえず自分を相手の下に下げます、かね。何ていうんですか……プライドを失くした人っていうと、犬? というイメージです」
「悪くない答えだ。よくあるのが三遍回ってワンと鳴け、だな。あれはプライドを捨てさせる命令だ」
私はエリオットさんがそれをする様を想像しようとした、がとてもじゃないが想像出来ない。彼の性格上、誰かに催眠でも掛けられていない限り有り得ない事だからだろう。
更新日:2011-08-02 22:07:54