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旅立ち ~幼い決意~
それから日は落ちまた昇り、一番高いところから少し下がったくらいの時。
借りた部屋の家具を少し傷つけてしまった事にどうしようかとブルブルと怯えていた私は、エリオットさんが目覚めたとの報告を受ける。本当に早い回復だなぁ、と感心しつつ、様子を伺って大体の人が見舞いを終わらせた後に彼の病室へ入った。
他の飾られた部屋とは違って、きちんと病人用の部屋なのだろう。ほぼ白い家具で統一され、あまり飾り気のある物はない。カーテンですら真っ白だ。
あまり大きくはない病人用のリクライニングベッドで彼はまるで抜け殻のように花の置かれた窓の外を見ていた。
体中が包帯で巻かれているようで、特に右腕は肌が全く露出していない。
「エリオットさん」
私が部屋に入ったにも関わらず反応する様子が無いので、こちらから声を掛ける。
彼はこちらに首を向ける事は無く、ただ押し黙っていた。
「あの時は、ありがとうございました」
エリオットさんが槍を投げてくれなければ私はどうなっていたか分からない。まず簡潔にお礼を述べる。
しかし彼の口から出た言葉は、否定だった。
「俺はお前を助ける為に命を賭けたわけじゃない」
「…………」
私は黙って彼の言い分を聞く。
「ローズは、どうした」
こちらに向き直りもせず、窓に向いたまま彼は問いかける。
「助けられませんでした」
悔しい思いを押し潰して、私はなるべく端的に答えた。
「……俺では助けられないと思った。だから俺は命を賭けたんだ。お前を助ける為にじゃない、ローズを助ける為にだ」
「分かって、います……」
「分かっていながらどうして俺が生きているんだ!!!」
物凄い剣幕で私に振り向き、彼は怒鳴りつける。今にも泣きそうな顔で、顔を歪ませ怒っている。彼の、死を賭した想いを無駄にした私に。
怒鳴りすぎたせいかゴホゴホとしばらく咳き込み、咳が落ち着いたと同時にまた怒鳴り始めた。
「……ッ、あの後俺を優先させただろ! でなきゃ俺が生きているわけがない!!」
言いたい事は沢山あるが、私は彼の全ての怒りを受け止めるつもりでしっかり聞いた。
怒鳴って怪我に響くのだろう、苦虫を噛み潰したような表情になるがそれでも彼は咳き込みながら続ける。
「俺達の目的はローズだけだって言ってたじゃないか!!」
彼は肩を大きく揺らして息切れしながら、言いたい放題言ってくれた。
「何か言ったらどうだ……」
そして言うだけ言って、ずっと黙っていた私に返答を要求する我侭っぷり。本当に酷い人だ。
「……どんなに怒られても、そんなの無理ですよ。だから、ごめんなさい、それしか、言えません」
涙を堪えて、私は静かに言った。声はきっと震えていただろう。
しばしの沈黙が流れる。窓からは静かに優しい風が流れ、カーテンが揺らめく。だいぶ息も落ち着いてきたエリオットさんが、その沈黙を破った。
「ただの、八つ当たりだ……」
彼は不貞腐れながら、そう話す。
「知ってますよ。もし心の底から言っているならバカですからね」
「うるせぇ」
ぶっきらぼうに、ふいっと窓の外に向いて私から視線を外すと、その眼差しは遠くを見つめながらすぐに真剣なものとなった。
「ルフィーナは見つかったか?」
「いえ、レクチェさんも同様に見失ったままです」
レイアさんが捜索してくれているはずだが、まだ何の連絡も受けていない。
「俺はあの時ルフィーナがレクチェを連れて逃げる瞬間を見たんだ。あー、やられたと思ったね」
「ど、どういう事ですか!」
エリオットさんのその言葉に私は食いつく。
「あの女は大体の展開を予測していたハズだぜ。そして契約が成就されたから報酬を持ち去ったんだ。よく考えたらルフィーナはな、ローズを『止める』としか約束していないんだよなコレが」
「止める、だけ……?」
そういえばそう言っていた気もする。私の詰まるような相槌に、エリオットさんは黙って頷く。
「お前には言ってなかったが……報酬は、レクチェだ」
「んなっ!」
私はまさかそんな要求をされていただなんて思っていなかったので思わず変な声をあげてしまう。
だけど……
「……でも今思うと、欲しがるのも分かる気がしますね。あの時少しの間ですが、レクチェさんは不思議な力で姉さんに応戦していましたし」
「そうだな、得体の知れない光を放っていたな。まるで……」
「まるで?」
「いや、気のせいだろう。全くの別物のはずだ」
何かに似ていたのだろうか、あの光が。
「何に似ていたんですか?」
「気のせいだって言っただろ」
ぶっちょ面で拒むエリオットさん。だがすぐに諦めて私の問いに答えてくれた。
借りた部屋の家具を少し傷つけてしまった事にどうしようかとブルブルと怯えていた私は、エリオットさんが目覚めたとの報告を受ける。本当に早い回復だなぁ、と感心しつつ、様子を伺って大体の人が見舞いを終わらせた後に彼の病室へ入った。
他の飾られた部屋とは違って、きちんと病人用の部屋なのだろう。ほぼ白い家具で統一され、あまり飾り気のある物はない。カーテンですら真っ白だ。
あまり大きくはない病人用のリクライニングベッドで彼はまるで抜け殻のように花の置かれた窓の外を見ていた。
体中が包帯で巻かれているようで、特に右腕は肌が全く露出していない。
「エリオットさん」
私が部屋に入ったにも関わらず反応する様子が無いので、こちらから声を掛ける。
彼はこちらに首を向ける事は無く、ただ押し黙っていた。
「あの時は、ありがとうございました」
エリオットさんが槍を投げてくれなければ私はどうなっていたか分からない。まず簡潔にお礼を述べる。
しかし彼の口から出た言葉は、否定だった。
「俺はお前を助ける為に命を賭けたわけじゃない」
「…………」
私は黙って彼の言い分を聞く。
「ローズは、どうした」
こちらに向き直りもせず、窓に向いたまま彼は問いかける。
「助けられませんでした」
悔しい思いを押し潰して、私はなるべく端的に答えた。
「……俺では助けられないと思った。だから俺は命を賭けたんだ。お前を助ける為にじゃない、ローズを助ける為にだ」
「分かって、います……」
「分かっていながらどうして俺が生きているんだ!!!」
物凄い剣幕で私に振り向き、彼は怒鳴りつける。今にも泣きそうな顔で、顔を歪ませ怒っている。彼の、死を賭した想いを無駄にした私に。
怒鳴りすぎたせいかゴホゴホとしばらく咳き込み、咳が落ち着いたと同時にまた怒鳴り始めた。
「……ッ、あの後俺を優先させただろ! でなきゃ俺が生きているわけがない!!」
言いたい事は沢山あるが、私は彼の全ての怒りを受け止めるつもりでしっかり聞いた。
怒鳴って怪我に響くのだろう、苦虫を噛み潰したような表情になるがそれでも彼は咳き込みながら続ける。
「俺達の目的はローズだけだって言ってたじゃないか!!」
彼は肩を大きく揺らして息切れしながら、言いたい放題言ってくれた。
「何か言ったらどうだ……」
そして言うだけ言って、ずっと黙っていた私に返答を要求する我侭っぷり。本当に酷い人だ。
「……どんなに怒られても、そんなの無理ですよ。だから、ごめんなさい、それしか、言えません」
涙を堪えて、私は静かに言った。声はきっと震えていただろう。
しばしの沈黙が流れる。窓からは静かに優しい風が流れ、カーテンが揺らめく。だいぶ息も落ち着いてきたエリオットさんが、その沈黙を破った。
「ただの、八つ当たりだ……」
彼は不貞腐れながら、そう話す。
「知ってますよ。もし心の底から言っているならバカですからね」
「うるせぇ」
ぶっきらぼうに、ふいっと窓の外に向いて私から視線を外すと、その眼差しは遠くを見つめながらすぐに真剣なものとなった。
「ルフィーナは見つかったか?」
「いえ、レクチェさんも同様に見失ったままです」
レイアさんが捜索してくれているはずだが、まだ何の連絡も受けていない。
「俺はあの時ルフィーナがレクチェを連れて逃げる瞬間を見たんだ。あー、やられたと思ったね」
「ど、どういう事ですか!」
エリオットさんのその言葉に私は食いつく。
「あの女は大体の展開を予測していたハズだぜ。そして契約が成就されたから報酬を持ち去ったんだ。よく考えたらルフィーナはな、ローズを『止める』としか約束していないんだよなコレが」
「止める、だけ……?」
そういえばそう言っていた気もする。私の詰まるような相槌に、エリオットさんは黙って頷く。
「お前には言ってなかったが……報酬は、レクチェだ」
「んなっ!」
私はまさかそんな要求をされていただなんて思っていなかったので思わず変な声をあげてしまう。
だけど……
「……でも今思うと、欲しがるのも分かる気がしますね。あの時少しの間ですが、レクチェさんは不思議な力で姉さんに応戦していましたし」
「そうだな、得体の知れない光を放っていたな。まるで……」
「まるで?」
「いや、気のせいだろう。全くの別物のはずだ」
何かに似ていたのだろうか、あの光が。
「何に似ていたんですか?」
「気のせいだって言っただろ」
ぶっちょ面で拒むエリオットさん。だがすぐに諦めて私の問いに答えてくれた。
更新日:2011-08-01 23:58:37