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何と滑稽な話だろう。もはや姉を救うのは絶望的だとすれば、私が今までしてきた事は一体何になると言う?
「姉さん……」
泣き疲れて、今度は笑いが込み上げてきた。その感情に抗う事なく、ははは、と力無く笑ってみた。
こういう時の人間は、壊れそうな自分の心を守る為に笑うのだろう。
「はは、はははは……」
起き上がる気力も無い、力を入れていた拳も気付けばだらしなく緩み、血だけが床に滴る。傷一つ無い美しい床に頬を張り付けたまま、私は笑った。
このまま、死んでしまいたい。
『クリス様にはまだやる事があるのでは無いか?』
私の心の声に反論するように、ニールは問いかけてきた。
「何を、しろと言うのです……」
声を出すのも面倒臭いが、一応聞き返す。
『私はダインのやっている事を否定する気は無い、あいつの行いはある意味私達の存在理由に一番素直に従っているようなものだからだ……』
「そうですか……」
存在理由? もうそんな事どうでもいい。いや、そうだ、別に姉と一緒になって全てを壊しても構わない。それならあのダインとかいう大剣の精霊も私を傍に置いてくれるだろうか、精霊の意のままに破壊するという約束で姉を元に戻してくれるだろうか。
『間違うな、クリス様。それは本当に貴方の意志か? 姉君の意志か?』
空虚となった私の心に、ニールはまた問いかける。
『私は今まで色々な主を見てきた。世界と敵対する、それが役割でありながら苦悩してくる主達が大勢居た。自ら滅ぼされる事を願う者も居れば、本能的な破壊衝動に身を任せる者も居た。結果として、種の存続が危ぶまれるのは最初から分かりきっていた事だった。クリス様は選ばなければならない、選べない姉君の為にも』
「……姉さんの為?」
私はその言葉に微かに反応する。力抜けていた体が、ぴくりと動いた。
『姉君は、そのどちらを選ばせて貰える事も無く、ただ人形のように動かされている。クリス様はそれを許せるのか?』
「そんなの……許せない……」
『私も、同じ精霊武器としてあのやり方は良いとは思っていない』
姉さんを、解放しなくてはいけない、あの性悪精霊から。虚ろだったこの目に再度光が灯る感覚、焦点が合ってくる。
『我が主よ、返答は要らない。これより私は、他でも無い貴方だけの物となる』
背負った槍が凄まじい風を竜巻のように部屋で巻き起こし、その力を収束させる。
風が落ち着いたと同時にほのかに背の槍から伝わる温もり。今までにはない何かをこの槍から感じられた。例え手放しても、この槍は必ず私の元に戻ってくる……そう運命付けられたのが何故だか分かる。
私は寝転がっていた体を起こして、お尻をつけて床に座り直した。背の槍の紐を解いて自分の手前に持ってきて、まじまじと見つめる。
「決めました。例え死なす事になったとしても、姉さんを解放する……あれですね、人に取られるくらいなら殺してしまえ、みたいな」
『それは違うと思うぞ、クリス様……』
◇◇◇ ◇◇◇
クリスが新たな決意を胸に決めた頃、ルフィーナはレクチェを連れて北方の都市ツィバルドの街中を歩いていた。
レクチェは、あの場は危ないと彼女に言われ連れられて逃げたものの、どうしようも無い不安に未だに苛まされていた。クリスやエリオットの安否も心配だが、それ以上に時々飛ぶ意識が彼女を怯えさせる。空白の記憶とは、他人が思っている以上に当人にとって恐ろしいものなのだ。
紅瞳のエルフが気を遣って何度も和まそうとしてくれているが、レクチェは彼女の親切さが逆に怖かった。何だかよくわからないが彼女の優しさには何か背景が見え隠れするからである。
「……クリスさん達、無事なのかな……」
「無事よ」
「本当に……?」
断定するエルフに疑問を浮かべる。
「えぇ、本当よ。だって貴女がここに居るからね」
「……?」
その言葉の真意を図りかねるレクチェは、更に不安を掻き立てられていた。けれどそれ以上の説明はして貰えない。
「貴女は私が護ってあげる、絶対に」
レクチェの右手を握り、強い意志を持って彼女なりにレクチェに訴えかける。
息すら白くならない寒さのこの街で、ルフィーナはもどかしさに耐えながらも改めて彼女なりの決意を胸に宿していた。
◇◇◇ ◇◇◇
【第六章 インテルメッゾ ~それぞれが背負う過去~ 完】
「姉さん……」
泣き疲れて、今度は笑いが込み上げてきた。その感情に抗う事なく、ははは、と力無く笑ってみた。
こういう時の人間は、壊れそうな自分の心を守る為に笑うのだろう。
「はは、はははは……」
起き上がる気力も無い、力を入れていた拳も気付けばだらしなく緩み、血だけが床に滴る。傷一つ無い美しい床に頬を張り付けたまま、私は笑った。
このまま、死んでしまいたい。
『クリス様にはまだやる事があるのでは無いか?』
私の心の声に反論するように、ニールは問いかけてきた。
「何を、しろと言うのです……」
声を出すのも面倒臭いが、一応聞き返す。
『私はダインのやっている事を否定する気は無い、あいつの行いはある意味私達の存在理由に一番素直に従っているようなものだからだ……』
「そうですか……」
存在理由? もうそんな事どうでもいい。いや、そうだ、別に姉と一緒になって全てを壊しても構わない。それならあのダインとかいう大剣の精霊も私を傍に置いてくれるだろうか、精霊の意のままに破壊するという約束で姉を元に戻してくれるだろうか。
『間違うな、クリス様。それは本当に貴方の意志か? 姉君の意志か?』
空虚となった私の心に、ニールはまた問いかける。
『私は今まで色々な主を見てきた。世界と敵対する、それが役割でありながら苦悩してくる主達が大勢居た。自ら滅ぼされる事を願う者も居れば、本能的な破壊衝動に身を任せる者も居た。結果として、種の存続が危ぶまれるのは最初から分かりきっていた事だった。クリス様は選ばなければならない、選べない姉君の為にも』
「……姉さんの為?」
私はその言葉に微かに反応する。力抜けていた体が、ぴくりと動いた。
『姉君は、そのどちらを選ばせて貰える事も無く、ただ人形のように動かされている。クリス様はそれを許せるのか?』
「そんなの……許せない……」
『私も、同じ精霊武器としてあのやり方は良いとは思っていない』
姉さんを、解放しなくてはいけない、あの性悪精霊から。虚ろだったこの目に再度光が灯る感覚、焦点が合ってくる。
『我が主よ、返答は要らない。これより私は、他でも無い貴方だけの物となる』
背負った槍が凄まじい風を竜巻のように部屋で巻き起こし、その力を収束させる。
風が落ち着いたと同時にほのかに背の槍から伝わる温もり。今までにはない何かをこの槍から感じられた。例え手放しても、この槍は必ず私の元に戻ってくる……そう運命付けられたのが何故だか分かる。
私は寝転がっていた体を起こして、お尻をつけて床に座り直した。背の槍の紐を解いて自分の手前に持ってきて、まじまじと見つめる。
「決めました。例え死なす事になったとしても、姉さんを解放する……あれですね、人に取られるくらいなら殺してしまえ、みたいな」
『それは違うと思うぞ、クリス様……』
◇◇◇ ◇◇◇
クリスが新たな決意を胸に決めた頃、ルフィーナはレクチェを連れて北方の都市ツィバルドの街中を歩いていた。
レクチェは、あの場は危ないと彼女に言われ連れられて逃げたものの、どうしようも無い不安に未だに苛まされていた。クリスやエリオットの安否も心配だが、それ以上に時々飛ぶ意識が彼女を怯えさせる。空白の記憶とは、他人が思っている以上に当人にとって恐ろしいものなのだ。
紅瞳のエルフが気を遣って何度も和まそうとしてくれているが、レクチェは彼女の親切さが逆に怖かった。何だかよくわからないが彼女の優しさには何か背景が見え隠れするからである。
「……クリスさん達、無事なのかな……」
「無事よ」
「本当に……?」
断定するエルフに疑問を浮かべる。
「えぇ、本当よ。だって貴女がここに居るからね」
「……?」
その言葉の真意を図りかねるレクチェは、更に不安を掻き立てられていた。けれどそれ以上の説明はして貰えない。
「貴女は私が護ってあげる、絶対に」
レクチェの右手を握り、強い意志を持って彼女なりにレクチェに訴えかける。
息すら白くならない寒さのこの街で、ルフィーナはもどかしさに耐えながらも改めて彼女なりの決意を胸に宿していた。
◇◇◇ ◇◇◇
【第六章 インテルメッゾ ~それぞれが背負う過去~ 完】
更新日:2012-05-28 18:05:31