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もう、日は暮れかかっている。一人、部屋に取り残された後……動く気にもならず、何を考えているのか考えていないのかもよく分からないまま、私はただぼーっとして椅子に腰掛けていた。部屋の窓からは西日が鮮やかに差込み、室内を赤丹色へと染め上げる。
一人で、と聞いたその時から妙に心が落ち着かないのだけは自分でも痛いほど分かっていた。
私が姉を探し始めたのは三ヶ月前くらいからとなる。二ヶ月ほど一人で捜し歩き、それからエリオットさんと出会って旅をしてきた。
「たった……一ヶ月なのに……」
その一ヶ月前の頃にはもう戻りたくない、と私は思っているのだ。一人は嫌だ、と。
単に寂しいだけなのか、それともそれなりにエリオットさんを気に入ってしまっているのか、そこは自分では判断出来ない。
白く美しい陶の机に突っ伏して、目を閉じて考える。
エリオットさんは私とは違う、普通のヒトだ。何やら深い事情がありそうなルフィーナさんとも、私と同じように素性の分からないレクチェさんとも違う。ただ、私の姉を助けたいという気持ちでこの大きな問題に立ち入ってしまっているだけのただのヒトなのだ。ここまで大きく発展してしまった問題に、これ以上首を突っ込むだなんて周囲が許すはずなど無いし、首を突っ込んでもまた大怪我をしてしまうかも知れない、いや、今度は死んでしまうかも知れない。
はぁ……と一人重く溜め息をついたところで、
『クリス様、少しいいだろうか』
背中に背負いっ放しの槍から、頭に直接声が響く。
「どうしましたか?」
私は周囲から見たらただの独り言にしか見えないであろうが、突っ伏したまま精霊の声に答えた。
『あのエリオットという男は、決して普通ではない』
「急に何を?」
まるで私の心の中の言葉を聞いていたかのような言葉に、思わず聞き返してしまう。だって、それまで会話を全くしていないのに、何が普通ではないのか判断しようも無い。
『……実は、クリス様と私は良くも悪くも相性がとても良い。だから貴方が何を考えているのか、馴染んだ今は大体こちらに伝わってきている』
「えっ、じゃ、じゃあ……」
その声に思わず顔を上げた。
『あの男は、ただのヒトではない。その証拠に、私に触れてもまだ生きている』
という事は、普通ならやはり持ったら死んでしまうのだろうか。エリオットさんが辛うじて生きていた事もあって、私はてっきりその話は誇張なのだと思っていた。
『普通は持ったら私の力が持ち主に流れ込み、それに拒絶反応を起こして死ぬのだ。だが、あの男に流れた時……何かが違った』
「何かが……」
『申し訳ないが何が違うかはよく分からなかったが、あの男の体に私の力は……言うなれば、流れ込みにくかったのだ』
そうか、だからこの槍を持って投げる間、ノーダメージとはいかずとも、彼は耐える事が出来たのか。
「じゃあ、実は私の種族のクォーターだとか、私と同じ種族の血が薄く入っているから耐えられたとか?」
『いや、全く違う。クリス様の場合、私の力は貴方の体にスムーズに流れている。その上で拒絶反応を起こさないだけなのだ』
仲間かも知れない、と少し期待したのが完全否定されてしまった。まぁそこは別にいいんですけどね……
否定されて少し気恥ずかしい私は、ぽり、と頬を掻いて誤魔化す。そんな私の反応を気に留める事もなく、精霊は話を続けた。
『私はあの男のような人間とは、この創られてから何千万年という間で一度たりとも出会った事は無い』
今の私とは違う意味で、彼は本当に唯一無二の『一人』なのだ、と。
私はその事実に、言葉が詰まってしまう。
エリオットさんは、間違いなく何者なのか生まれが断言出来る環境で育っていると思う。それなのに、これはどういう事だろうか。突然変異という言葉で片付けられる問題とも思えないが……
『更に考え事を増やしてしまったようで申し訳ないが、もう一つ伝えておかねばならない事がある』
どことなく語尾が重苦しいような雰囲気で言葉を綴る精霊。
私は黙って続きを待った。
『貴方の姉君は、既にダインに喰われきっている。あれでは手放させても、ダインを折っても、救えない』
……ダイン?
私はあまり理解出来ずに、首を傾げた。
『ダインとは、大剣の精霊の名だ。アイツも私の事をニールと呼んでいただろう。一応だが私達は名前らしきものなら持っている』
「そうだったのですか、では次からは名前で呼ばせて貰いますね」
もっと早く教えてくれてもいいのに。
更新日:2011-07-27 21:47:44