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挿絵 400*400


 駅からはまたすぐに馬車で移動となる。城の裏門からそのまま城内に入ると景色は一気に見違えた。整備された植木に花壇、城壁の内部はまるで芸術のように魔術紋様が施されている。基本レンガ造りの城壁だが、そのレンガは街で見るような物とは比べ物にならないくらいの肌理細やかな質であった。
 私は城内の一室に案内される。部屋にはベッドや机、鏡など生活用品が一通り揃っており、多分宿泊用の客室であるのだろうと伺えた。とはいえその家具はどれも段違い。見た事の無いような金銀の装飾、陶器の家具。天蓋付きベッドだなんて実物は初めて見る。
 通された部屋の中に思わず驚いてばかりだったが、それどころではない。エリオットさんの容態が気になる。
 私は出てすぐに迷ってしまうような回廊を歩き、人伝いに目的地を探した。
 と、廊下で見覚えのある人物を見つける。

「ライトさん!!」

 虎の獣人は私の声に反応して少しこちらを向いたが、すぐに反対側に歩いて行ってしまう。
 私は慌てて追いかけて、話しかけた。

「ど、どうしてここに?」

「どうしても何も、エリオットを治すために呼ばれたからだ」

 悪いが時間が無い、と無愛想に言い残しそのまま早足で歩いて行ってしまう。
 こんな心細い場所で知り合いに会えて嬉しかったのだけれど、冷たいそのあしらいに、お前が悪いと言われているようで少し胸が痛い。
 そうだ、ライトさんからすれば私だって迷惑に違いない。レイアさんだってああ言ってはくれたけど、私さえもっとしっかりしていればエリオットさんはこんな事にならなかったのだ。私は姉の事を別にしても、憎むべき対象なのだ。
 ずっと心の底で思っていた事が溢れ出してきて、私はまた涙を流してしまう。しかし城の廊下でなど泣いている場合ではないので、私はすぐに目をごしごし擦って誤魔化した。
 そんな醜態を晒している最中にやってきたのは、レイアさん。

「何を泣いているんだ、あの医者なら息があるうちは治してくれるよ。心配しないでいい」

 私が泣いていた理由を誤解しているようで、私の頭を撫でながらそう言った。

「まぁ、私はあの男が苦手なんだがね」

 そして、苦笑。

「獣人の男はどいつもこいつも無愛想でいけない、そうは思わないか?」

 私に気を遣ってくれているのだろう、笑い飛ばせるような話題に切り替えて話しかけてくれた。こんなにして貰っているのに落ち込んでいるだなんて私は本当に馬鹿だ。

「えぇ、全くですねっ」

 私は半ベソをかきながらも笑って答える。泣いて気を遣わせてなんか、いられない。ほっぺたを両手でピチピチと叩いて、気を張り直す。

「ありがとうございました!」

「気にしなくていいよ」

 にこっと笑って、レイアさんは去ろうとする、が。

「あぁ、いつまでもその服じゃアレだから、後で部屋に別の服を持って行かせるよ」

 最後まで何て親切な人なのだろう。
 私は深々と頭を下げて、お礼をした。



 さて、何もする事が無かったのでとりあえず部屋に戻って待っていたら服と下着、サンダルが届けられた。
 下着は普通のキャミソールとパンツなのだが、服は随分可愛らしいデザインの青チェックのチュニックと緩めの黒いズボンである。チュニックの袖は肘くらいまでの長さがあり、丈はお尻がすっぽり隠れる程度。腰に紐がついていたのでとりあえず少し絞っておいた。
 チュニックにしてもズボンにしても、細部の装飾がレースやら刺繍やらでとても作りこまれている。うーん、高そう。
 最後にこれまた妙に宝石がいっぱいくっついているサンダルを履き、着替えも済んだので何となく私は城内探索を開始する事にした。興味も勿論あるが、じっとしていると気が滅入ってしまいそうなのだ。落ち込んでしまうほど問題が沢山あるけれど、それを一人で悩みたくはない。せめてエリオットさんと二人で悩んで問題と向き合いたい。

 少し前まで一人で平気だったのに、今はもう一人だなんて考えられないなぁ。人というものはこんなにも弱いのだ。
 誰かが触ってもいけないので、私は槍を布に捲いた状態で背中に背負って回廊に出た。客室から出るとまず目の前に臨むのは中庭にある大きな噴水。色とりどりの花が綺麗に植えられていて、ここを見ているだけでも飽きなさそうだ。

 私は噴水に腰掛けて、しばらく傍の蝶や鳥を観察してのんびりする。
 何も考えたくないから、何も考えないように。
 中庭には心地よく日差しが入り込み、ぽかぽかする。柔らかく吹いて来る風が髪を撫でてとても気持ち良い。
 そしてこの幸せな時間が、何故だか堪らなく……苛立たしかった。

更新日:2011-07-20 22:25:16

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