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挿絵 400*400

「では次に君の姉の名前と特徴だけでも聞いていいかな。少なくとも手配書なりを回して民に逃げるように伝えねばならない」

 気が重くなるが、これも答えないわけにはいかない。

「……姉の名前は、ローズと言います……手配書にはもう、載っています……」

 ガタッ、と私の言葉を聞くなりレイアさんが取り乱して席を立ちかける。彼女はハッと気付いてまた席に座り直した。
 そんな彼女の表情は強張り、親の仇でも見たかのような目で一瞬私を見たが、すぐにその目を窓の外に向けて落ち着きを取り戻す。
 窓の外の景色はそろそろ雪も溶けかかってきている。もうしばらくもすれば王都に着くだろう。

「すまない、怪盗ローズは……城にも忍び込んで盗みを働いた事があってね。その時城に居た軍人にとっては耐え難い名前なのだよ。何しろみすみす侵入だけでなく盗みまで許してしまったからね」

「そうですか、本当に申し訳ありません……」

 心から姉の愚行を詫びる。だけどそれだけではない、そう直感した。どんなにプライドに耐え難い名前だとしても、それで私をあんな目で見るとは思えない。
 失礼とは思いつつも聞かずにはいられなかった。

「姉は……他にも何かしたのですか?」

 それを受けてピクリと彼女の名残羽が動く。

「何もしていないよ、どうしてそう思う?」

 レイアさんが私をじっと見つめる。貴女の態度からそう思うのです、とは流石に言い辛いので、黙ってその琥珀の瞳を逸らさずに見つめ返す。
 すると彼女は張り詰めていた糸をふっと緩ませ、席に深く腰をかけた。

「すまないね、私の態度を見ればそう思うのも仕方ない。感情を出してしまった私が悪い」

 そう自嘲して、彼女は私の問いに改めて答えてくれた。

「怪盗ローズが城に忍び込んでから、王子は変わってしまわれたのだよ。勿論他の愚鈍な王子ではなく、君の知るエリオット様がだ」

 そうか、王子であるエリオットさんが何故姉と共に居るのかと思ったら、最初の接点はそこからだったのか。
 レイアさんは懐かしいものを思い出すような遠い目で語り始めた。



「エリオット様と私は幼い頃から見知っていたのだ。エリオット様が私の二つ上で、それはもう幼い頃から神童と崇められる優秀なお人だった。王子には二人の兄と一人の姉がいたが、兄二人は正直な話が出来損ないで我侭ばかり。王女は素晴らしい人だが所詮は女。第三王子とはいえ、城内の誰もがエリオット様に期待を寄せていた。

「そんな非の打ち所の無い王子を私はとても尊敬し、憧れていた。雲の上の存在だったが、少しでも近づこうと幼い頃から努力を続けたさ。貴族でも何でもない、騎士団長の娘であった私が王子の傍に居られる術は、父と同じように剣の道を往くしかなかったのだからね。

「幸い私は腕っ節だけは強く、当時でも城内の護衛程度は任せて貰えていたんだ。けれど、あの女と王子が出会ってしまってから王子は変わってしまわれた。それはもう、一国の危機に等しいくらいにね。

「だってそうだろう? 上の王子二人さえ納得させられれば誰もが彼の王位継承を受け入れていたのに、その期待の的であったエリオット様が突然一人の女、しかも盗賊に心を奪われてしまったのだから」

 ここまで話して、彼女は一息吐く。
 私としては申し訳なさで頭がいっぱいである。出来る事ならもうこの話は聞きたくないくらいだ。
 レイアさんの言い分は尤もだった。今からは全く以って想像出来ないが、素晴らしい王子だったエリオットさんが最終的に私の姉と一緒に盗賊なんてやっているのだから。私が王様だったら、泡を吹いて倒れてしまいそうだ。
 私の気まずさを感じ取ったレイアさんが、苦笑しながら私に気を遣ってくれる。

「クリスが悪いわけじゃない、きっと王子の周囲にいた者全てが悪かったんだ。私も含めて、エリオット様の重荷にしかなっていなかったのだと思う」

 そして彼女は続ける。いやーもう続けて欲しくないです、謝っても謝り足りません。そんな事言えないけど。

「王子はそれから初めてといってもいい、我侭を言ったんだ。『あの女性が欲しい』とね。だけど相手は怪盗、そう簡単には捕まらない。王子は初めての自分の要求すら通らない事に、これまた初めて不満を露にしたんだ。

「それからは手に負えなかったよ。国事は出ない、稽古も一切しなくなる、仕方なく他の女を与えてみたが王子の目に適う者は居なかった。一晩で捨てられる女達の哀れな事と言ったら無かったな。

「今までの聖人ぶりはどこへやら、堰を切ったように暴言を吐くようになり、態度も横柄、上の二人の王子と大差無くなってしまったんだ。もう最悪の事態と言ってもいい」

 私は黙って聞いていた。自分から聞いてしまったのだから。

「…………」

 誰か、助けて。

更新日:2012-05-28 17:33:12

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