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その瞬間の事は自分でも良く分からない。ただ、頭の中が真っ白になった。姉さんは一体何をしているのだ、と。
「甘いよ、救いようの無いくらいね」
そう言って大きな剣をよいしょ、と肩まで上げて担ぐと姉はこちらを見た。その笑顔は先程までのものとは違う、厭らしい笑み。
バサッとその背に真っ白な羽を具現化させると、姉は少しずつ地面から浮いて行く。まずい。
私は思わず、飛ぼうとする姉の足を掴んだ。
「待っ……」
待って、だなんて言う意味など無い。コレは姉ではない、とにかく離してはいけない。
でも私はさっき頭を撫でてくれたばかりの姉さんが偽者だったなんて思いたくなくて、まるで駄々をこねる子供のように泣きそうな訴える目で姉を見上げた。
「嬉しかったでしょ? サービスしてあげたんだから離してくれないかなぁ?」
だが私を見下ろす姉は、その時笑顔すら消えてただ酷く蔑んだ目つきをしていた。鬱陶しい、と。
あまりの事にこれ以上言葉が出ない。剣を手放せば解放されるのでは無かったのか。そんなショックでも私が動けたのは、それ以上に『行ってほしくなかった』からなのだろうと思う。
「姉さんを、返して……」
私は何を馬鹿な事を言っているのだ。そんな願いなど、叶えてくれるはずが無いのに。
「んー、無理だね」
そして姉の姿をした精霊は私の手を斬り離そうと、大きく剣を振り被る。
斬られる、でもこの手を離す事など出来るわけが無い。涙で滲んだ目を瞑って半ば諦めたその時、キィン! と私の目の前で金属と金属がぶつかり合う高く鈍い音がする。
大剣によって斬られるはずだった私の手との間に割って入ったのは、一本の槍。意識が戻った後私にはどこに行っていたか分からなかったその槍が、今何故かここに飛んできたのだ。
私は何を考えるでもなく、その槍を手に取って姉の持つ大剣に斬り当てる。姉に飛び立つ余裕を作らせないくらい、何度も、何度も。
私の槍撃を剣で受けるしかない姉は、仕方なしに私との攻防を続け、少しずつ後ろに下がって行った。
「……死ぬ気でニールを投げてくるとか、有り得ない……っ」
大剣の精霊が、姉の口で苦々しくそうに呟く。
「……?」
槍を振るいながらも、思わず周囲に意識をやってしまう。本来攻防に集中しなければいけないのだが、その呟きが引っかかったからだ。
そして……視界の端に、赤い血溜まりを見つけてしまう。
「!!!」
私の意識は一瞬だが完全にその『赤』に向いてしまい、その隙を相手が見逃すはずもなく、大剣で槍を大きく捌かれた。
そして即座に後ろに飛びのいたかと思うと、再度姉は羽ばたいた。
「獲物も逃げちゃったし、今日のところはソイツに免じて引いてあげるよ」
そう言い残すと空で翻し、あっという間に飛び去る。だが追うわけがない、私はもう見てしまったのだから。
「え、エリオットさん……!!」
血溜まりに沈んだ、姉の相方を。
駆け寄ってその血溜まりにためらい無く足を踏み入れ膝をつき、彼の状態を確認する。全身に内側から破られたように捲れた裂傷、特に酷いのは右腕付近で、抱き上げたら腕が千切れてしまいそうだ。意識など勿論無い、生きているのかも私には分からない。
「どうしたら、どうしたら……」
半ばパニックに陥った私は、彼の体の上にぽろぽろと涙を零しながら自分の服を破って止血を行う。だがその怪我の前では止血など無意味にも等しい。
周囲を見渡したがルフィーナさんとレクチェさんは何故か居ない。こんな時ルフィーナさんなら何か出来たかも知れないのに、無能な自分をただ責め続ける事しか出来ない。
そう、私がピンチの時はいつも彼が救ってくれていた気がする。さっきだって、きっと私の手が切り落とされる寸前のところで槍を投げて救ってくれたのだろう。けれど自らを引き換えにしてまでする事では無いのに、何を考えているんだこの人は。悲しいのに何だかだんだん腹が立ってきた。
「神様、助けて……」
でないと私はこの人に怒る事も出来ません。
「衛生兵、生きてる者がいるぞ!!」
神に願ったその時、凛とした、力強くも美しい声が背後から聞こえた。
赤く腫らした目で振り向くと、そこには大きな馬に跨った一人の女性。茶色く、そしてとても長いポニーテールを揺らして、強い意志が感じられる形の良い眉と琥珀の瞳。身に纏った半甲冑は赤を基調としていて綺麗なものである。
その時の私には、まるで彼女が女神のように見えた。
「甘いよ、救いようの無いくらいね」
そう言って大きな剣をよいしょ、と肩まで上げて担ぐと姉はこちらを見た。その笑顔は先程までのものとは違う、厭らしい笑み。
バサッとその背に真っ白な羽を具現化させると、姉は少しずつ地面から浮いて行く。まずい。
私は思わず、飛ぼうとする姉の足を掴んだ。
「待っ……」
待って、だなんて言う意味など無い。コレは姉ではない、とにかく離してはいけない。
でも私はさっき頭を撫でてくれたばかりの姉さんが偽者だったなんて思いたくなくて、まるで駄々をこねる子供のように泣きそうな訴える目で姉を見上げた。
「嬉しかったでしょ? サービスしてあげたんだから離してくれないかなぁ?」
だが私を見下ろす姉は、その時笑顔すら消えてただ酷く蔑んだ目つきをしていた。鬱陶しい、と。
あまりの事にこれ以上言葉が出ない。剣を手放せば解放されるのでは無かったのか。そんなショックでも私が動けたのは、それ以上に『行ってほしくなかった』からなのだろうと思う。
「姉さんを、返して……」
私は何を馬鹿な事を言っているのだ。そんな願いなど、叶えてくれるはずが無いのに。
「んー、無理だね」
そして姉の姿をした精霊は私の手を斬り離そうと、大きく剣を振り被る。
斬られる、でもこの手を離す事など出来るわけが無い。涙で滲んだ目を瞑って半ば諦めたその時、キィン! と私の目の前で金属と金属がぶつかり合う高く鈍い音がする。
大剣によって斬られるはずだった私の手との間に割って入ったのは、一本の槍。意識が戻った後私にはどこに行っていたか分からなかったその槍が、今何故かここに飛んできたのだ。
私は何を考えるでもなく、その槍を手に取って姉の持つ大剣に斬り当てる。姉に飛び立つ余裕を作らせないくらい、何度も、何度も。
私の槍撃を剣で受けるしかない姉は、仕方なしに私との攻防を続け、少しずつ後ろに下がって行った。
「……死ぬ気でニールを投げてくるとか、有り得ない……っ」
大剣の精霊が、姉の口で苦々しくそうに呟く。
「……?」
槍を振るいながらも、思わず周囲に意識をやってしまう。本来攻防に集中しなければいけないのだが、その呟きが引っかかったからだ。
そして……視界の端に、赤い血溜まりを見つけてしまう。
「!!!」
私の意識は一瞬だが完全にその『赤』に向いてしまい、その隙を相手が見逃すはずもなく、大剣で槍を大きく捌かれた。
そして即座に後ろに飛びのいたかと思うと、再度姉は羽ばたいた。
「獲物も逃げちゃったし、今日のところはソイツに免じて引いてあげるよ」
そう言い残すと空で翻し、あっという間に飛び去る。だが追うわけがない、私はもう見てしまったのだから。
「え、エリオットさん……!!」
血溜まりに沈んだ、姉の相方を。
駆け寄ってその血溜まりにためらい無く足を踏み入れ膝をつき、彼の状態を確認する。全身に内側から破られたように捲れた裂傷、特に酷いのは右腕付近で、抱き上げたら腕が千切れてしまいそうだ。意識など勿論無い、生きているのかも私には分からない。
「どうしたら、どうしたら……」
半ばパニックに陥った私は、彼の体の上にぽろぽろと涙を零しながら自分の服を破って止血を行う。だがその怪我の前では止血など無意味にも等しい。
周囲を見渡したがルフィーナさんとレクチェさんは何故か居ない。こんな時ルフィーナさんなら何か出来たかも知れないのに、無能な自分をただ責め続ける事しか出来ない。
そう、私がピンチの時はいつも彼が救ってくれていた気がする。さっきだって、きっと私の手が切り落とされる寸前のところで槍を投げて救ってくれたのだろう。けれど自らを引き換えにしてまでする事では無いのに、何を考えているんだこの人は。悲しいのに何だかだんだん腹が立ってきた。
「神様、助けて……」
でないと私はこの人に怒る事も出来ません。
「衛生兵、生きてる者がいるぞ!!」
神に願ったその時、凛とした、力強くも美しい声が背後から聞こえた。
赤く腫らした目で振り向くと、そこには大きな馬に跨った一人の女性。茶色く、そしてとても長いポニーテールを揺らして、強い意志が感じられる形の良い眉と琥珀の瞳。身に纏った半甲冑は赤を基調としていて綺麗なものである。
その時の私には、まるで彼女が女神のように見えた。
更新日:2011-07-11 00:44:59