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乗客の少ない汽車は、現在の一般運行の終点である無人駅まで何事もなく到着した。途中途中で降りる人はいたものの、終点まで乗っていた乗客はほんのわずか。私達が降りた後、汽車は軍関係者だけを乗せたまま、その先へ走り去った。彼らはこれから壊滅した村や町の状況把握や復興に追われるのだろう。
私達が降りた無人駅は、エルヴァンの北の山を越えたところの麓になる。錆びた小さな駅の周囲には僅かに雪が積もっており、これから歩くのかと思うと正直しんどい。今はとりあえず雪は降っていないので、それだけでも幸運か。
「……寒い」
ピンクの手袋を着けた両手で露出した頬を温めながらレクチェさんが呟く。私達は皆吐く息白く、なかなか駅から出る始めの一歩が出ない。
「私寒いの苦手なんですよ。南で育ったもので」
「お姉さんが暖めてあげようか?」
一人薄くて寒そうな黒いマントを羽織ったエルフが、私ににっこりと笑いかける。
「いえ、いいです……」
後ずさって拒否すると彼女は残念そうな表情を見せながらもそれを気に留める様子は無く、駅から一歩出てまっさらな白い地に足跡をつける。歩きやすそうな低めのヒールの黒いブーツがマントの裾からちらりと見えた。さくさく、と彼女が進むのを見て他も諦めてそれに続く。
進む先は針葉樹がぽつりぽつりと立っているだけの真っ白な平原。うっすらとはいえ積もった雪のせいであるはずの道も消え、どちらに次の村や町があるのか土地勘の無い私には検討もつかない。
「ルフィーナはこのあたり、知ってるのか?」
あまりの寒さに毛皮のコートの襟を立てて首元を覆った後、エリオットさんが問いかける。
「ぶっちゃけて言うと、汽車で通り過ぎちゃうから大まかな方角しか分からないわ」
「じゃ、俺が先頭を歩く。着いてこいよ」
その長いコートをなびかせて、彼はルフィーナさんを追い越す。
「ツィバルドまでの道のりで他の町村は二つある。何もなければ二時間くらいで一つ目の村に着くだろうよ」
そう言って足取りを早めた。寒いので私は首を窄め俯き、その足跡を辿るように着いて行く。歩幅に差があるのでどう頑張っても新しい雪を踏んでしまいパンツの裾に雪がこびり付いてしまう。裾に付いた雪は体温で水に変わり私の足を濡らした。要するに、とても冷たい。
風除けになる木々も少ない為、平原に薄く積もった雪を強風が舞い上げては守りようのない顔に容赦なくぶつけてくる。頬の感覚がなくなり寒さを感じなくなってきた頃、先頭のエリオットさんがその歩みを止めた。
「……何か居ないか?」
その言葉にレクチェさん以外が瞬時に警戒を強める。周囲は視界も広く、隠れられる障害物は限られている。少ない木々に、ところどころでぎりぎり隠れられる程度の岩。見渡したが誰も居ない。
だが、誰もそれを気のせいだとは言わない。お互いにその実力を認めているからだ。
「あっ、あそこにうさぎさん」
レクチェさんが嬉しそうに、木陰からひょっこり顔を出した真っ白の野うさぎを差す。警戒は解かない。
「……他に何か居るの?」
強張ったままの私達の表情からそれを読み取った彼女は、改めて周囲を見渡した。確かに誰も何も見当たらない。雪は止んでいるにも関わらず、風が積もった粉雪を舞い上げるおかげで視界は白く霞む。
そんな風に瞬きをさせられた次の瞬間、エリオットさんの目の前には見覚えのある人物が立っていた。若草色の短く下ろした髪に、切れ長の赤い瞳。それは以前セオリーと名乗っていた長身の青年だった。違うところといえば、何故か今日は上下とも黒いスーツだ。とても寒そうである。
今日の彼は何故か眉間に皺を寄せて、険しい表情でこちらを見据えていた。
「何を……しているのですか」
誰に、何に対して言ったかは分からないがご立腹の様子。彼の呟きに誰が答える事もなく、そのノイジーな声だけが続く。
「折角助かった命を、粗末にしないでください」
言葉の本来の意味だけであれば私達を心配しているかのようだ。勿論そんなわけが無いと誰もが分かっている事だが。
この寒い雪原では異物のように見える黒いスーツの青年は、私の方向にその腕を伸ばし、空中で円を描こうとする。が……
「させないわよ!」
セオリーが円を描ききる前にルフィーナさんが横一線に腕を振り、彼の術が掻き消された。
私達が降りた無人駅は、エルヴァンの北の山を越えたところの麓になる。錆びた小さな駅の周囲には僅かに雪が積もっており、これから歩くのかと思うと正直しんどい。今はとりあえず雪は降っていないので、それだけでも幸運か。
「……寒い」
ピンクの手袋を着けた両手で露出した頬を温めながらレクチェさんが呟く。私達は皆吐く息白く、なかなか駅から出る始めの一歩が出ない。
「私寒いの苦手なんですよ。南で育ったもので」
「お姉さんが暖めてあげようか?」
一人薄くて寒そうな黒いマントを羽織ったエルフが、私ににっこりと笑いかける。
「いえ、いいです……」
後ずさって拒否すると彼女は残念そうな表情を見せながらもそれを気に留める様子は無く、駅から一歩出てまっさらな白い地に足跡をつける。歩きやすそうな低めのヒールの黒いブーツがマントの裾からちらりと見えた。さくさく、と彼女が進むのを見て他も諦めてそれに続く。
進む先は針葉樹がぽつりぽつりと立っているだけの真っ白な平原。うっすらとはいえ積もった雪のせいであるはずの道も消え、どちらに次の村や町があるのか土地勘の無い私には検討もつかない。
「ルフィーナはこのあたり、知ってるのか?」
あまりの寒さに毛皮のコートの襟を立てて首元を覆った後、エリオットさんが問いかける。
「ぶっちゃけて言うと、汽車で通り過ぎちゃうから大まかな方角しか分からないわ」
「じゃ、俺が先頭を歩く。着いてこいよ」
その長いコートをなびかせて、彼はルフィーナさんを追い越す。
「ツィバルドまでの道のりで他の町村は二つある。何もなければ二時間くらいで一つ目の村に着くだろうよ」
そう言って足取りを早めた。寒いので私は首を窄め俯き、その足跡を辿るように着いて行く。歩幅に差があるのでどう頑張っても新しい雪を踏んでしまいパンツの裾に雪がこびり付いてしまう。裾に付いた雪は体温で水に変わり私の足を濡らした。要するに、とても冷たい。
風除けになる木々も少ない為、平原に薄く積もった雪を強風が舞い上げては守りようのない顔に容赦なくぶつけてくる。頬の感覚がなくなり寒さを感じなくなってきた頃、先頭のエリオットさんがその歩みを止めた。
「……何か居ないか?」
その言葉にレクチェさん以外が瞬時に警戒を強める。周囲は視界も広く、隠れられる障害物は限られている。少ない木々に、ところどころでぎりぎり隠れられる程度の岩。見渡したが誰も居ない。
だが、誰もそれを気のせいだとは言わない。お互いにその実力を認めているからだ。
「あっ、あそこにうさぎさん」
レクチェさんが嬉しそうに、木陰からひょっこり顔を出した真っ白の野うさぎを差す。警戒は解かない。
「……他に何か居るの?」
強張ったままの私達の表情からそれを読み取った彼女は、改めて周囲を見渡した。確かに誰も何も見当たらない。雪は止んでいるにも関わらず、風が積もった粉雪を舞い上げるおかげで視界は白く霞む。
そんな風に瞬きをさせられた次の瞬間、エリオットさんの目の前には見覚えのある人物が立っていた。若草色の短く下ろした髪に、切れ長の赤い瞳。それは以前セオリーと名乗っていた長身の青年だった。違うところといえば、何故か今日は上下とも黒いスーツだ。とても寒そうである。
今日の彼は何故か眉間に皺を寄せて、険しい表情でこちらを見据えていた。
「何を……しているのですか」
誰に、何に対して言ったかは分からないがご立腹の様子。彼の呟きに誰が答える事もなく、そのノイジーな声だけが続く。
「折角助かった命を、粗末にしないでください」
言葉の本来の意味だけであれば私達を心配しているかのようだ。勿論そんなわけが無いと誰もが分かっている事だが。
この寒い雪原では異物のように見える黒いスーツの青年は、私の方向にその腕を伸ばし、空中で円を描こうとする。が……
「させないわよ!」
セオリーが円を描ききる前にルフィーナさんが横一線に腕を振り、彼の術が掻き消された。
更新日:2011-07-09 00:08:55