- 34 / 565 ページ
「ちょっと違うけどそんな感じよ。育つのは武器ではなく精霊自身。だからその槍も実は結構育ってるのかもね。性格が大人しいだけで」
私は言葉にならない不安を飲み込んだ。私の体が姉のように操り人形になってしまう可能性はこの先もずっとあるのだ。先日は深く考えずに話し合いで済ませたが、この精霊がいつそれを裏切ってもおかしくない。いや、むしろ約束を守っているほうがむしろ不思議なくらいではないだろうか。
今の私と精霊の間には、何の信頼関係も築かれていないはずなのだから。
私は気付くと彼を喚び出していた。
「な、何をしているのっ」
何故か必要以上に慌てる紅目のエルフ。突如現れた一本角の青年を象った精霊から、この精霊の秘めた殺意を予め知っているかのようにレクチェさんを庇える位置に割って立つ。
現れた精霊はため息まじりに短いシャツの裾を下に引っ張って着衣を整えると、改めて私に向き合ってこう言った。
「覚悟を決められたか」
無表情で、淡々と。覚悟とはきっと『敵を殺す覚悟』だろう。その眼光は深く鋭い。
「いいえ、違います。そんな事しません」
私は首を横に振ってきっぱりと拒絶する。
「貴方ともっと仲良くなるために喚んだのです」
この場にいる、私以外の全員の眉が寄った。気にせずに話を続けようとしたが、そこにルフィーナさんが口を挟む。
「待ちなさい! そんな無茶しなくても、その槍を捨てればいいだけじゃない!」
前のめりになるかと思うくらいの剣幕で捲くし立ててきた。理由は知らないがずっと冷静だった彼女が珍しく焦っているのが分かる。
「私は捨てたくありません」
断言した。
今度言う事を聞かなければドブに捨てるだとかそんな事を言ったが、私にとって彼(だと思う)を捨てるだなんてもはや有り得ない。手にしたあの時からずっと。
あの時感じた一体感はまるで半身を見つけたかのような感覚だった。
「……心配せずとも、私は貴方を裏切らない」
無表情には違いないが、とても、とても優しい声で言った。
そしてまだ警戒しているルフィーナさんを見やると、もう一つ付け加える。
「私にも勿論存在する以上その役割がある。だが主が明確に告げている命令を曲げるほど固執はしない」
私と、あときっとルフィーナさんだけがその言葉の意図を把握していると思う。
「命令違反をする武器など、使えない。ガラクタ未満だ」
その命令違反をしている仲間の存在を知りながら、ガラクタ未満だと言い切る精霊。彼の事を信じてもいいような気がした。
「貴方の事を誤解していました、申し訳ありません。これからもよろしくお願いします」
頭を下げて、お詫びする。
精霊は無言で消えて槍の中に戻った。だが、消える瞬間の少しはにかんだ表情は、これからの関係を前向きなものとして捉えるに十分なものだった。
「全く、甘ちゃんだな!」
そう言って、呆れ顔で私との視線をあえてはずす緑髪の青年。槍の精霊が出てくると会話からフェードアウトするのがおなじみになりつつあるエリオットさんだが、彼は彼なりに場を和まそうとしているのだと思いたい。
随分白熱していたルフィーナさんはと言うと、ブラウスの第三ボタンまで外して本でパタパタと胸元を仰いでいる。その表情は安堵の色が見え、落ち着きを取り戻していた。
「さっきの人はどこに行っちゃったの?」
一人だけ話についてこられていない人物もいるが、それはまぁ仕方ない。女性にしては長身のエルフは、先程まで庇っていた少女の疑問に対して軽く説明をしているようだった。親切な先生みたいに見える。
……しかし大きな疑問がまだ残っていた。ルフィーナさんはどう考えても、この槍がレクチェさんに向けている殺意を最初から知っていたような節があった。
問題を起こした現場に居合わせたエリオットさんですらそこまで深く気にかけていないようなのに、だ。という事は、そこには何かしらの、彼女だけが知っている理由があるように思える。
聞きたい事は山ほどあるが笑顔で対話している彼女達の間に割って入る気も起こらず、本だらけの床に直接腰を下ろした。
ふと、背中にこつんと硬い物が当たる。振り返ると腕を組んで立っているエリオットさんがいて、どうやらつま先で背中を蹴られたらしい。
「考えるだけ、損だぞ」
渋い顔でそう言うと彼は高い天井を仰ぎみながら言葉を続けた。
「俺達の目的はあくまでローズだ、あっちの事情は深追いするな」
レクチェさんの記憶だとか、彼女が何者だとか、得体の知れない武器の存在だとか、それら全てを彼はスルーしろと言っている。それは、一刻前まで変態っぷりを晒していた人物の言葉とは思えない、冷静で冷酷な言葉だった。
【第四章 絡む思惑 ~舞台は加速する~ 完】
私は言葉にならない不安を飲み込んだ。私の体が姉のように操り人形になってしまう可能性はこの先もずっとあるのだ。先日は深く考えずに話し合いで済ませたが、この精霊がいつそれを裏切ってもおかしくない。いや、むしろ約束を守っているほうがむしろ不思議なくらいではないだろうか。
今の私と精霊の間には、何の信頼関係も築かれていないはずなのだから。
私は気付くと彼を喚び出していた。
「な、何をしているのっ」
何故か必要以上に慌てる紅目のエルフ。突如現れた一本角の青年を象った精霊から、この精霊の秘めた殺意を予め知っているかのようにレクチェさんを庇える位置に割って立つ。
現れた精霊はため息まじりに短いシャツの裾を下に引っ張って着衣を整えると、改めて私に向き合ってこう言った。
「覚悟を決められたか」
無表情で、淡々と。覚悟とはきっと『敵を殺す覚悟』だろう。その眼光は深く鋭い。
「いいえ、違います。そんな事しません」
私は首を横に振ってきっぱりと拒絶する。
「貴方ともっと仲良くなるために喚んだのです」
この場にいる、私以外の全員の眉が寄った。気にせずに話を続けようとしたが、そこにルフィーナさんが口を挟む。
「待ちなさい! そんな無茶しなくても、その槍を捨てればいいだけじゃない!」
前のめりになるかと思うくらいの剣幕で捲くし立ててきた。理由は知らないがずっと冷静だった彼女が珍しく焦っているのが分かる。
「私は捨てたくありません」
断言した。
今度言う事を聞かなければドブに捨てるだとかそんな事を言ったが、私にとって彼(だと思う)を捨てるだなんてもはや有り得ない。手にしたあの時からずっと。
あの時感じた一体感はまるで半身を見つけたかのような感覚だった。
「……心配せずとも、私は貴方を裏切らない」
無表情には違いないが、とても、とても優しい声で言った。
そしてまだ警戒しているルフィーナさんを見やると、もう一つ付け加える。
「私にも勿論存在する以上その役割がある。だが主が明確に告げている命令を曲げるほど固執はしない」
私と、あときっとルフィーナさんだけがその言葉の意図を把握していると思う。
「命令違反をする武器など、使えない。ガラクタ未満だ」
その命令違反をしている仲間の存在を知りながら、ガラクタ未満だと言い切る精霊。彼の事を信じてもいいような気がした。
「貴方の事を誤解していました、申し訳ありません。これからもよろしくお願いします」
頭を下げて、お詫びする。
精霊は無言で消えて槍の中に戻った。だが、消える瞬間の少しはにかんだ表情は、これからの関係を前向きなものとして捉えるに十分なものだった。
「全く、甘ちゃんだな!」
そう言って、呆れ顔で私との視線をあえてはずす緑髪の青年。槍の精霊が出てくると会話からフェードアウトするのがおなじみになりつつあるエリオットさんだが、彼は彼なりに場を和まそうとしているのだと思いたい。
随分白熱していたルフィーナさんはと言うと、ブラウスの第三ボタンまで外して本でパタパタと胸元を仰いでいる。その表情は安堵の色が見え、落ち着きを取り戻していた。
「さっきの人はどこに行っちゃったの?」
一人だけ話についてこられていない人物もいるが、それはまぁ仕方ない。女性にしては長身のエルフは、先程まで庇っていた少女の疑問に対して軽く説明をしているようだった。親切な先生みたいに見える。
……しかし大きな疑問がまだ残っていた。ルフィーナさんはどう考えても、この槍がレクチェさんに向けている殺意を最初から知っていたような節があった。
問題を起こした現場に居合わせたエリオットさんですらそこまで深く気にかけていないようなのに、だ。という事は、そこには何かしらの、彼女だけが知っている理由があるように思える。
聞きたい事は山ほどあるが笑顔で対話している彼女達の間に割って入る気も起こらず、本だらけの床に直接腰を下ろした。
ふと、背中にこつんと硬い物が当たる。振り返ると腕を組んで立っているエリオットさんがいて、どうやらつま先で背中を蹴られたらしい。
「考えるだけ、損だぞ」
渋い顔でそう言うと彼は高い天井を仰ぎみながら言葉を続けた。
「俺達の目的はあくまでローズだ、あっちの事情は深追いするな」
レクチェさんの記憶だとか、彼女が何者だとか、得体の知れない武器の存在だとか、それら全てを彼はスルーしろと言っている。それは、一刻前まで変態っぷりを晒していた人物の言葉とは思えない、冷静で冷酷な言葉だった。
【第四章 絡む思惑 ~舞台は加速する~ 完】
更新日:2012-02-29 19:13:07