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「フフッ、そういう潔いところ、好きよ」
交渉は成立した。
だが私達は、とある重要な内容が彼女の言葉にあった事をその時は気付かなかったのだった。
「じゃあ貴方達も準備してきなさいな。きっと寒くなるわ」
と言って、自分の荷物からジャジャーンと黒いマントを取り出す。防寒性があるようには見えないが、これだけ自信満々に出したのだからこれが彼女の防寒具なのだろう。
「北にでも向かうのか?」
「そうね、今被害にあっているのは王都よりも更に北よ。一旦被害が止まっているらしいから、そこからどこへ行ったかは分からないけどね」
姉さえ見つかれば止める事が出来る、と思うと希望が見えてきた。気分が高揚しているのが自分でも分かる。
「……私もレクチェさんも防寒具は持ち合わせていませんね」
「好きに買って来い」
そう言ってエリオットさんからお金を手渡された。
「エリオットさんは要らないんですか?」
「要らん」
彼はぶっきらぼうに答えると、シッシッと手で私とレクチェさんを追いやる。私達は二人で顔を見合わせ、
「可愛いの、あるといいねっ! クリスさんっ!」
「そうですね!」
お金を渡された事に喜んで、なーんにも考えずに買い物に出かけたのだった。
◇◇◇ ◇◇◇
クリス達が部屋を出たのを確認すると、俺は改めて目の前の自分の師と向き合う。きっと何を問いただしても、喋る気の無い事は一切喋らないだろう。
それでも。
「他に言う事は無いのか?」
「聞きたい事があるならどうぞ、少しは話すわよ~」
そう言ってどかりと、椅子に座っている俺の目の前にある机の上にお尻を乗せて足を組んだ。身長に見合うだけの長い足が目の前で強調されている。位置関係的に見下ろされた状態になった。
彼女は楽しげに試している。いつだってそうだこの女は。教えるのではない、辿り着くまで頑として見届けるのだ。
こちらから答えを先に提示しない限り欲しい返答は得られないだろう……俺は単刀直入に聞いた。
「欲しいのはレクチェか」
「まぁ、当然、そうよねぇ」
おかしそうに笑うルフィーナ。
やっぱりか……当たっていて欲しくはなかった。一応は師なのだ、その人物が人身取引を持ちかけるなど気持ちの良いものではない。
「一体彼女は何者なんだ?」
「さぁ、私にもよくわからないわ」
はぐらかしたのか、それとも真実なのか。判断できる材料はどこにもない。
「でもね」
彼女は続けた。悲しそうに遠くを見つめて。
「私はあの子を取り戻したいだけなのよ。非道な事なんてしないわ、これはホント」
「ま、それならいいか」
俺はそれ以上聞くつもりなく会話を終わらせるよう返事をしたつもりだったが、それでも話は続いた。
「信じてくれるのね」
「その非道な事を続けていたのなら、中立な立場になんていないだろ?」
俺の言葉にそれ以上の返事は無かった。ニコリと口の端を上げ、肯定とも否定とも取りがたい反応だ。「そうね」と答えて欲しかった俺としては若干蟠りが残る。
が、無言である以上もう彼女は何も話す気は無いのだろう。
一瞬だけ、目がしっかりと合う。深い何か事情を抱えたまま、でも話せない、そんな憂いに満ちた紅い瞳。俺もきっと理由は違えど今同じような目をしているのだろう。
「さて、俺も買い出し行ってくるかな、っと」
空気を読んで立ち上がり、部屋を出ようとする。なのに。
「……いい子ね」
「っ!」
その言葉に瞬時に昂ぶる感情。いつまでも子供扱いすんなよな、と言いたかった俺の唇は、動いたけど喋らなかった。彼女も喋らない、喋れない。
俺に少し押されて机の上で少し不安定になったルフィーナの両手を、しっかりと掴んで自分の方へ引き寄せる。
つい重ねてしまった唇を急に離すのもアレなので、俺はそのまま彼女を抱き締めて口づけを続けた。舌は絡ませなかったが唇で唇を何度も食むように優しく撫ぜる。泣いてしまわないように目を瞑って、慰めるように。
いや、慰められているのは俺なのだろう。彼女が抵抗せずに受け入れているのは、悲しくなってしまった俺のためだ。恋でも愛でもない慰めだけのそんな救いようのない口づけに、仕方ないわね、と思いながら相手をしてくれているのだ、俺の初恋の相手は。
「…………」
どれくらい続けていたかは定かではないが、ふと、ごく自然に唇が離れる。
「いつまでも、子ども扱いすんなよな……」
本来キスする前に伝えたかった言葉を口にした。ある意味順番はこれで合っている。
「どう贔屓目に見たって子供じゃないの、こんなキス」
呆れ顔の師に、何も言い返す言葉が無い。
交渉は成立した。
だが私達は、とある重要な内容が彼女の言葉にあった事をその時は気付かなかったのだった。
「じゃあ貴方達も準備してきなさいな。きっと寒くなるわ」
と言って、自分の荷物からジャジャーンと黒いマントを取り出す。防寒性があるようには見えないが、これだけ自信満々に出したのだからこれが彼女の防寒具なのだろう。
「北にでも向かうのか?」
「そうね、今被害にあっているのは王都よりも更に北よ。一旦被害が止まっているらしいから、そこからどこへ行ったかは分からないけどね」
姉さえ見つかれば止める事が出来る、と思うと希望が見えてきた。気分が高揚しているのが自分でも分かる。
「……私もレクチェさんも防寒具は持ち合わせていませんね」
「好きに買って来い」
そう言ってエリオットさんからお金を手渡された。
「エリオットさんは要らないんですか?」
「要らん」
彼はぶっきらぼうに答えると、シッシッと手で私とレクチェさんを追いやる。私達は二人で顔を見合わせ、
「可愛いの、あるといいねっ! クリスさんっ!」
「そうですね!」
お金を渡された事に喜んで、なーんにも考えずに買い物に出かけたのだった。
◇◇◇ ◇◇◇
クリス達が部屋を出たのを確認すると、俺は改めて目の前の自分の師と向き合う。きっと何を問いただしても、喋る気の無い事は一切喋らないだろう。
それでも。
「他に言う事は無いのか?」
「聞きたい事があるならどうぞ、少しは話すわよ~」
そう言ってどかりと、椅子に座っている俺の目の前にある机の上にお尻を乗せて足を組んだ。身長に見合うだけの長い足が目の前で強調されている。位置関係的に見下ろされた状態になった。
彼女は楽しげに試している。いつだってそうだこの女は。教えるのではない、辿り着くまで頑として見届けるのだ。
こちらから答えを先に提示しない限り欲しい返答は得られないだろう……俺は単刀直入に聞いた。
「欲しいのはレクチェか」
「まぁ、当然、そうよねぇ」
おかしそうに笑うルフィーナ。
やっぱりか……当たっていて欲しくはなかった。一応は師なのだ、その人物が人身取引を持ちかけるなど気持ちの良いものではない。
「一体彼女は何者なんだ?」
「さぁ、私にもよくわからないわ」
はぐらかしたのか、それとも真実なのか。判断できる材料はどこにもない。
「でもね」
彼女は続けた。悲しそうに遠くを見つめて。
「私はあの子を取り戻したいだけなのよ。非道な事なんてしないわ、これはホント」
「ま、それならいいか」
俺はそれ以上聞くつもりなく会話を終わらせるよう返事をしたつもりだったが、それでも話は続いた。
「信じてくれるのね」
「その非道な事を続けていたのなら、中立な立場になんていないだろ?」
俺の言葉にそれ以上の返事は無かった。ニコリと口の端を上げ、肯定とも否定とも取りがたい反応だ。「そうね」と答えて欲しかった俺としては若干蟠りが残る。
が、無言である以上もう彼女は何も話す気は無いのだろう。
一瞬だけ、目がしっかりと合う。深い何か事情を抱えたまま、でも話せない、そんな憂いに満ちた紅い瞳。俺もきっと理由は違えど今同じような目をしているのだろう。
「さて、俺も買い出し行ってくるかな、っと」
空気を読んで立ち上がり、部屋を出ようとする。なのに。
「……いい子ね」
「っ!」
その言葉に瞬時に昂ぶる感情。いつまでも子供扱いすんなよな、と言いたかった俺の唇は、動いたけど喋らなかった。彼女も喋らない、喋れない。
俺に少し押されて机の上で少し不安定になったルフィーナの両手を、しっかりと掴んで自分の方へ引き寄せる。
つい重ねてしまった唇を急に離すのもアレなので、俺はそのまま彼女を抱き締めて口づけを続けた。舌は絡ませなかったが唇で唇を何度も食むように優しく撫ぜる。泣いてしまわないように目を瞑って、慰めるように。
いや、慰められているのは俺なのだろう。彼女が抵抗せずに受け入れているのは、悲しくなってしまった俺のためだ。恋でも愛でもない慰めだけのそんな救いようのない口づけに、仕方ないわね、と思いながら相手をしてくれているのだ、俺の初恋の相手は。
「…………」
どれくらい続けていたかは定かではないが、ふと、ごく自然に唇が離れる。
「いつまでも、子ども扱いすんなよな……」
本来キスする前に伝えたかった言葉を口にした。ある意味順番はこれで合っている。
「どう贔屓目に見たって子供じゃないの、こんなキス」
呆れ顔の師に、何も言い返す言葉が無い。
更新日:2011-07-01 23:54:54