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「わ、私は構いませんが……」
けれどこの中で一番貴女に敵意を抱いているのは紛れも無いこの私なのですよ、と。
口には出せなかった。
「じゃあ私も着いていこうかしらねぇ」
どっこいしょ、と立ち上がって書庫の更に奥のほうへ歩いていく。
「準備してくるから、待ってなさいよー」
「本気かよ……」
マイペースに事を進める自分の師匠に独白する弟子。憎憎しげに舌打ちした後、彼はこちらにもその苛立ちをぶつけてきた。
「まぁ見た目だけは害の無さそうな顔してるしな、俺やあの女よりはマシにも見えるか」
「比べる対象が酷すぎますからね」
「あぁ? 何か言ったか?」
「いいえ何も」
しかしあの状況で私を選ぶのは如何なものだろうか。先程の選択の場合、どちらを選んでもそこまで失礼ではなかったはずだ。エリオットさんは『拾ってくれた』という理由があるし、ルフィーナさんを選んでも『女性だから』で収まったはずだ。選択肢に無い私を選ぶというのはある意味一番カドが立つような気がする……実際立っている。
ただレクチェさんの場合は何か思惑があるというよりは天然な気もした。先程握られていた手の感触がまだ残っていて何だか歯がゆい私の気持ちなど露知らず、揉める原因となった張本人はのほほんと壁いっぱいの本棚を見上げて立ち尽くしている。
「何か興味のある本でもありましたか?」
「何だか見覚えがあるの」
「えっ、この書庫に?」
「ううん、そうじゃなくて……本がいっぱいの部屋にね」
そしてまた、ぽけーっと本棚を見つめた。
彼女を見つけた研究施設にはそんな部屋は無かったから、という事はその前の記憶なのだろうか。最初から実験体として生まれたわけではなく、本に囲まれて暮らしたような時間があった事になる。どこからか攫われてあの施設に入れられていた? 考えたらキリが無い。
「くそ! 仲良くすんなテメー!!」
何か虫が湧いてきた。
「無茶言わないでくださいよ、下心を隠して接すれば少しは好かれるんじゃないですか?」
「隠れるわけねーだろ!!」
そして、怒号する。
「こんなけしからんおっぱいが目の前にあって、まともな嗜好の成人男性が平然としていられるわけがないとは思わないのか!」
「貴方の発言がけしからん事になってますよ、エリオットさん」
本棚を見上げていた金髪美女が、いつの間にか私達を見てにっこりと笑う。あれ? 目は笑っていない。ゴゴゴゴゴ、という擬音がふさわしいオーラを醸し出している。
「クリスさん。そろそろ私、怒ってもいいよね?」
なるほど、今まではセクハラを我慢していただけだったのか。
「どうぞどうぞ」
「このっ、変っ態っっ!!!!」
それから間髪いれずにパシィィィン! と、さっき私の手を優しく握っていたその華奢な手は、今は変態男の左頬と重なって、乾いた大きな音を部屋中に響かせていた。
そんなこんなで準備が終わったらしい東雲色の髪のエルフが戻ってくる。
「どうしたのこれ」
頬も引っ叩かれ、心も無残に砕けた青年は机に突っ伏していた。
「……自業自得、としか」
やりすぎちゃったかな、と言った表情のレクチェさん。大丈夫です、貴女は悪くない。
腑に落ちないようではあるが、彼をスルーしてルフィーナさんが話し始めた。
「で、まず貴方達は何をしたいのかしら? 少しくらいなら情報を教えてあげてもいいのよ?」
「っ!!」
突っ伏していた変態が我に返って起き上がる。
だが目は変態のそれではない、真剣な目だ。
「俺もクリスもとにかくローズを止めたい、それだけなんだ」
「それ以外には干渉しない、という事ね。良い心がけじゃない」
長い耳をピクピクして少し考え、彼女は右の人差し指をエリオットさんの額にスッと近づけた。
「今の戦力で彼女を止めるのは可能、よ」
「それはどこからどこまでを戦力換算しているんだ」
「私一人、ね」
フフッと笑って、とんでもない事を口にした。ドラゴンが通ったかのような破壊を続けている姉を、一人で止められると、このハイエルフは言うのだ。
「でも私は止めるだけ。剣による彼女の支配を解く事は、多分出来ない」
「なるほどな」
エリオットさんが続きを聞いて納得した。
「成功報酬は私の提示した物を一つだけ何でも渡す、というのはどうかしら?」
「……何が欲しいんだ?」
「ひ、み、つ」
彼女の思惑が分からない。だがエリオットさんが渡せる『何か』が欲しいからこそ、提案してきたのだろう。不気味な交渉には違いないが、他の術を私もエリオットさんも持ち合わせてはいない。渋い顔でそれを承諾する。
「いいだろう、止める事が出来たなら何でもくれてやるよ」
けれどこの中で一番貴女に敵意を抱いているのは紛れも無いこの私なのですよ、と。
口には出せなかった。
「じゃあ私も着いていこうかしらねぇ」
どっこいしょ、と立ち上がって書庫の更に奥のほうへ歩いていく。
「準備してくるから、待ってなさいよー」
「本気かよ……」
マイペースに事を進める自分の師匠に独白する弟子。憎憎しげに舌打ちした後、彼はこちらにもその苛立ちをぶつけてきた。
「まぁ見た目だけは害の無さそうな顔してるしな、俺やあの女よりはマシにも見えるか」
「比べる対象が酷すぎますからね」
「あぁ? 何か言ったか?」
「いいえ何も」
しかしあの状況で私を選ぶのは如何なものだろうか。先程の選択の場合、どちらを選んでもそこまで失礼ではなかったはずだ。エリオットさんは『拾ってくれた』という理由があるし、ルフィーナさんを選んでも『女性だから』で収まったはずだ。選択肢に無い私を選ぶというのはある意味一番カドが立つような気がする……実際立っている。
ただレクチェさんの場合は何か思惑があるというよりは天然な気もした。先程握られていた手の感触がまだ残っていて何だか歯がゆい私の気持ちなど露知らず、揉める原因となった張本人はのほほんと壁いっぱいの本棚を見上げて立ち尽くしている。
「何か興味のある本でもありましたか?」
「何だか見覚えがあるの」
「えっ、この書庫に?」
「ううん、そうじゃなくて……本がいっぱいの部屋にね」
そしてまた、ぽけーっと本棚を見つめた。
彼女を見つけた研究施設にはそんな部屋は無かったから、という事はその前の記憶なのだろうか。最初から実験体として生まれたわけではなく、本に囲まれて暮らしたような時間があった事になる。どこからか攫われてあの施設に入れられていた? 考えたらキリが無い。
「くそ! 仲良くすんなテメー!!」
何か虫が湧いてきた。
「無茶言わないでくださいよ、下心を隠して接すれば少しは好かれるんじゃないですか?」
「隠れるわけねーだろ!!」
そして、怒号する。
「こんなけしからんおっぱいが目の前にあって、まともな嗜好の成人男性が平然としていられるわけがないとは思わないのか!」
「貴方の発言がけしからん事になってますよ、エリオットさん」
本棚を見上げていた金髪美女が、いつの間にか私達を見てにっこりと笑う。あれ? 目は笑っていない。ゴゴゴゴゴ、という擬音がふさわしいオーラを醸し出している。
「クリスさん。そろそろ私、怒ってもいいよね?」
なるほど、今まではセクハラを我慢していただけだったのか。
「どうぞどうぞ」
「このっ、変っ態っっ!!!!」
それから間髪いれずにパシィィィン! と、さっき私の手を優しく握っていたその華奢な手は、今は変態男の左頬と重なって、乾いた大きな音を部屋中に響かせていた。
そんなこんなで準備が終わったらしい東雲色の髪のエルフが戻ってくる。
「どうしたのこれ」
頬も引っ叩かれ、心も無残に砕けた青年は机に突っ伏していた。
「……自業自得、としか」
やりすぎちゃったかな、と言った表情のレクチェさん。大丈夫です、貴女は悪くない。
腑に落ちないようではあるが、彼をスルーしてルフィーナさんが話し始めた。
「で、まず貴方達は何をしたいのかしら? 少しくらいなら情報を教えてあげてもいいのよ?」
「っ!!」
突っ伏していた変態が我に返って起き上がる。
だが目は変態のそれではない、真剣な目だ。
「俺もクリスもとにかくローズを止めたい、それだけなんだ」
「それ以外には干渉しない、という事ね。良い心がけじゃない」
長い耳をピクピクして少し考え、彼女は右の人差し指をエリオットさんの額にスッと近づけた。
「今の戦力で彼女を止めるのは可能、よ」
「それはどこからどこまでを戦力換算しているんだ」
「私一人、ね」
フフッと笑って、とんでもない事を口にした。ドラゴンが通ったかのような破壊を続けている姉を、一人で止められると、このハイエルフは言うのだ。
「でも私は止めるだけ。剣による彼女の支配を解く事は、多分出来ない」
「なるほどな」
エリオットさんが続きを聞いて納得した。
「成功報酬は私の提示した物を一つだけ何でも渡す、というのはどうかしら?」
「……何が欲しいんだ?」
「ひ、み、つ」
彼女の思惑が分からない。だがエリオットさんが渡せる『何か』が欲しいからこそ、提案してきたのだろう。不気味な交渉には違いないが、他の術を私もエリオットさんも持ち合わせてはいない。渋い顔でそれを承諾する。
「いいだろう、止める事が出来たなら何でもくれてやるよ」
更新日:2011-12-18 20:17:13