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フィルに着いたのは結局次の日の夕方くらい。もう何度も行き来して図書館への道も覚えた私は、今度は人ごみに圧倒される事もなく街中を歩く。
以前と同じように図書館の奥の書庫へ行き、エリオットさんの師匠であるルフィーナさんを訪ねると、丁度彼女は女性にしては高いその長身を活かして高いところの本を取っている最中だった。片腕だけ思いっきり上に伸ばしているせいで白いシャツのフリルの合間から、ちらりと黒い下着が見えてしまう。
「あら、い、らっ、しゃー、い」
無事に本が取れた。
「治ったみたいね、よかったじゃない」
赤みのかかった金髪を揺らし、手に持った本の埃を落としながら近づいてくる。相変わらず何を考えているか分からない言葉にエリオットさんも流石に不満を隠せない。
「さっさと知っている事を話せよ……」
「物を頼む態度じゃないわねぇ」
二人のやりとりをおいて、私は本に目を回して非公開書庫に入ってこないレクチェさんを入るように促す。書庫に入って更に驚いたようで彼女は思わず感嘆の声を上げた。
「わぁー」
「!」
一瞬だけルフィーナさんの細くて紅い目が見開かれたような気がする。
「可愛いお嬢さんね、小さい頃が見たいわぁ」
だがすぐに心の中が読めない愛想笑いに戻った。
「でも旅にこんな女の子連れてたら大変じゃなぁい? 預かってあげようか?」
「どこで出会ったのかは聞かないんだな」
エリオットさんの言葉には動じず、相変わらず本に埋もれた椅子に腰掛ける。
そして不敵な笑み。
「そりゃあ、聞かないでしょう」
笑顔で対面しているはずの二人なのだが、その間の空気はとてつもなく重苦しい。笑顔なのに無言で睨み合っているかのような二人の間に入れずにいると、そんな空気を読まずにレクチェさんはルフィーナさんに声をかけた。
「初めまして、レクチェと呼ばれています! よろしくお願いしますっ」
「いい子ね、私はルフィーナよ。よろしくねレクチェ」
元気に挨拶した彼女を帽子の上からぽんぽん、と頭を優しく叩く様子は、以前同様に母性を感じさせる。こんなに優しそうな一面を見せる一方で、エリオットさんとの空気はまだ張り詰めたまま。レクチェさんが和ませてくれたかと思ったがやはりダメなようだ。
「で、どうするの? レクチェを預かってあげてもいいわよ?」
「むしろ預かりたい、ってところか?」
エリオットさんの目つきが鋭くなる、が、
「いいえぇ、エリ君がそのままいたいけな女の子を連れて練り歩くと言うのなら、私も着いていくだけよ」
その次の発言に緑の瞳孔は丸くなった。
「は?」
あっけにとられるエリオットさん。私も流石に予想外の言葉に驚きを隠せない。
「エリ君と一緒じゃ、何されるか分からないもんね~」
そう言ってレクチェさんに笑いかける。彼女は少し考えてから、
「確かに視線は少しいやらしいなって思ってますっ」
全く悪気の無い顔で答えた。エリオットさんの唖然として開いた口に思わず笑いそうになるのを私は堪える。堪える。堪える。
……無理だ。
「ぶはっ」
我慢していたせいでそのままゴホゴホと咳き込む。これは死ねる。
「すんげー失礼な笑い方してるって分かってるか?」
ぎりぎりぎり、と恥ずかしさと怒りの入り混じった表情でこちらを睨む、いやらしい視線と判断されていた男。まぁ何度も私も見ているし、いやらしいのは間違いない。しかしあの視線に気付いていてなおかつスルーしていたのだとすると、レクチェさんもなかなかの曲者な気がしてきた。
「どっちがいいかしらレクチェ。私のところにいるのと、この男に着いていくのと」
「うーん……」
困ったように眉を寄せ、ルフィーナさんとエリオットさんを交互に見やる。悩むのも無理はない、どちらにしろ彼女に安心出来るレールなど用意されていないのだから。彼女の人柄のおかげでソレは大きな問題になっていないが、彼女は記憶喪失なのだ。どこへ行ったところで不安が付き纏うのは間違いない。
やがて彼女は意を決したように私に真っ直ぐ向いた。
「クリスさんの元が一番安全そうかな、って」
にっこり、と。
「えっ」
「クリスさんに、着いていってもいいかな?」
私の手を取り、ぎゅっと両手で握る。まさに白魚のようなその指は細くもとても柔らかく、彼女への本能的な嫌悪感を除けば、触れているだけで気持ちいい。触れた瞬間ひんやりとしていた手がだんだんお互いの温もりで温め合っていくのを感じる。
エリオットさんはそりゃあもう妬ましいと言わんばかりにわなわなと体を震わせ、でも黙ってこちらを見ていた。ルフィーナさんはというと意外や意外、少し悔しかったのだろうか、こちらも目が笑っていない。
以前と同じように図書館の奥の書庫へ行き、エリオットさんの師匠であるルフィーナさんを訪ねると、丁度彼女は女性にしては高いその長身を活かして高いところの本を取っている最中だった。片腕だけ思いっきり上に伸ばしているせいで白いシャツのフリルの合間から、ちらりと黒い下着が見えてしまう。
「あら、い、らっ、しゃー、い」
無事に本が取れた。
「治ったみたいね、よかったじゃない」
赤みのかかった金髪を揺らし、手に持った本の埃を落としながら近づいてくる。相変わらず何を考えているか分からない言葉にエリオットさんも流石に不満を隠せない。
「さっさと知っている事を話せよ……」
「物を頼む態度じゃないわねぇ」
二人のやりとりをおいて、私は本に目を回して非公開書庫に入ってこないレクチェさんを入るように促す。書庫に入って更に驚いたようで彼女は思わず感嘆の声を上げた。
「わぁー」
「!」
一瞬だけルフィーナさんの細くて紅い目が見開かれたような気がする。
「可愛いお嬢さんね、小さい頃が見たいわぁ」
だがすぐに心の中が読めない愛想笑いに戻った。
「でも旅にこんな女の子連れてたら大変じゃなぁい? 預かってあげようか?」
「どこで出会ったのかは聞かないんだな」
エリオットさんの言葉には動じず、相変わらず本に埋もれた椅子に腰掛ける。
そして不敵な笑み。
「そりゃあ、聞かないでしょう」
笑顔で対面しているはずの二人なのだが、その間の空気はとてつもなく重苦しい。笑顔なのに無言で睨み合っているかのような二人の間に入れずにいると、そんな空気を読まずにレクチェさんはルフィーナさんに声をかけた。
「初めまして、レクチェと呼ばれています! よろしくお願いしますっ」
「いい子ね、私はルフィーナよ。よろしくねレクチェ」
元気に挨拶した彼女を帽子の上からぽんぽん、と頭を優しく叩く様子は、以前同様に母性を感じさせる。こんなに優しそうな一面を見せる一方で、エリオットさんとの空気はまだ張り詰めたまま。レクチェさんが和ませてくれたかと思ったがやはりダメなようだ。
「で、どうするの? レクチェを預かってあげてもいいわよ?」
「むしろ預かりたい、ってところか?」
エリオットさんの目つきが鋭くなる、が、
「いいえぇ、エリ君がそのままいたいけな女の子を連れて練り歩くと言うのなら、私も着いていくだけよ」
その次の発言に緑の瞳孔は丸くなった。
「は?」
あっけにとられるエリオットさん。私も流石に予想外の言葉に驚きを隠せない。
「エリ君と一緒じゃ、何されるか分からないもんね~」
そう言ってレクチェさんに笑いかける。彼女は少し考えてから、
「確かに視線は少しいやらしいなって思ってますっ」
全く悪気の無い顔で答えた。エリオットさんの唖然として開いた口に思わず笑いそうになるのを私は堪える。堪える。堪える。
……無理だ。
「ぶはっ」
我慢していたせいでそのままゴホゴホと咳き込む。これは死ねる。
「すんげー失礼な笑い方してるって分かってるか?」
ぎりぎりぎり、と恥ずかしさと怒りの入り混じった表情でこちらを睨む、いやらしい視線と判断されていた男。まぁ何度も私も見ているし、いやらしいのは間違いない。しかしあの視線に気付いていてなおかつスルーしていたのだとすると、レクチェさんもなかなかの曲者な気がしてきた。
「どっちがいいかしらレクチェ。私のところにいるのと、この男に着いていくのと」
「うーん……」
困ったように眉を寄せ、ルフィーナさんとエリオットさんを交互に見やる。悩むのも無理はない、どちらにしろ彼女に安心出来るレールなど用意されていないのだから。彼女の人柄のおかげでソレは大きな問題になっていないが、彼女は記憶喪失なのだ。どこへ行ったところで不安が付き纏うのは間違いない。
やがて彼女は意を決したように私に真っ直ぐ向いた。
「クリスさんの元が一番安全そうかな、って」
にっこり、と。
「えっ」
「クリスさんに、着いていってもいいかな?」
私の手を取り、ぎゅっと両手で握る。まさに白魚のようなその指は細くもとても柔らかく、彼女への本能的な嫌悪感を除けば、触れているだけで気持ちいい。触れた瞬間ひんやりとしていた手がだんだんお互いの温もりで温め合っていくのを感じる。
エリオットさんはそりゃあもう妬ましいと言わんばかりにわなわなと体を震わせ、でも黙ってこちらを見ていた。ルフィーナさんはというと意外や意外、少し悔しかったのだろうか、こちらも目が笑っていない。
更新日:2011-07-10 09:11:08