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絡む思惑 ~舞台は加速する~
研究所跡で出会った女性に服を着せた後、私達は次の目的地に向かっていた。その経緯は今から二時間前に遡る。
「今度こそあの女に知っている事を話して貰わないとな」
先程露店で買った明るい黄色の果実を片手に持ちながら呟き、そしてその果実を頬張るのはエリオットさん。街角を歩きながら彼から渡された果実を物珍しそうに眺めている金髪美女は、彼の真似をしてその果実に一口かじりついてみた。
「美味しい……!」
「このあたりで取れる果物じゃないんだけどな」
どちらかといえばもっと北の地方の名産なんだぜ、と付け加えてまた一口。私も貰っていたので一緒になって食べてみる。濃厚な甘い香りと、つるりとした歯ざわりが心地よい。この瑞々しさは私の住んでいた地方ではなかなか無い果物だ。その柔らかな曲線を描く果実の形が、女性的なものを思わせる。
ふと横を見ればとても気に入ったようでもう既に平らげている彼女。
「私の食べかけでよければ残りをあげましょうか?」
「えっ、いいんですか?」
「どうぞ」
食べかけを手渡すと遠慮なしにかぶりつく。それほど気に入ったのだろうか。
「不便だから彼女に本当の名前が分かるまでの呼び名が欲しいところじゃないか?」
美味しそうに食べている彼女を、気持ち悪いくらいというかぶっちゃけもう気持ち悪いだけの優しい笑顔で見つめる気持ち悪いエリオットさんがもっともな事を言う。大事な事なので三回描写しました。
「確かに名前は欲しいですね。でも何て呼べばいいのか……」
「レクチェでいいだろ、そっくりだ」
そう言うと彼は手元の果物と、隣の彼女を交互に見比べる。
「まさか……」
確かに色も似ているが、彼女はここまでぽってりしていないような……胸!? 胸ですか!? メロンほどには例えられないもののなかなかの大きさであるその胸を連想して!?? いや、そもそも名前のつけ方がまるで子犬ではないか、物から取るだなんて。それで彼女はいいのだろうか? 当の彼女はというと、話をほとんど聞かずに果物を平らげた後、私達の視線に気付いて不思議そうに首を傾げた。
「今、君の名前を考えていたんだ」
エリオットさんは話を続ける。
「レクチェでいい? そしたら俺、これを食べるたびに嬉しくなるんだけどな」
本当に嬉しいだけなのか、いやらしい気持ちの間違いではないのだろうか。
あまり意味の分かっていなさそうな彼女は素直にそれに応じ、
「本当の名前も分かりませんし、何と呼んでくれても構いませんよ」
そう言って、また無垢な微笑みをその口元に浮かべた。私は何故か果物の曲線を幸せそうに撫でているエリオットさんをなるべく視界に入れないようにし、歩幅をゆるめて会話を再開させる。
「あの女、とはエリオットさんのお師匠さまの事ですかね?」
「あぁ、進展はしてないけど怪我はとりあえず治したし、あそこから情報を引き出せないと正直何も出来ない」
そう話す表情はもう先程の下品なものではなく、至って真剣だ。小さな芯だけを残し果物を食べ終えると、私達は馬車を借りて街を出た。
それが二時間前の話である。か弱い女性を歩かせるわけにはいかない、と今回は馬車でフィルに向かっているので一日もしないうちに着くだろう。
馬車の中ではエリオットさんが必死に打ち解けようとレクチェさんに色々話しかける。当初はよそよそしかった彼女もだんだん慣れてきた様子だ。普通に考えればとても良い事なのだが、顔に『おっぱい』と書いてあるような表情の男性と打ち解けるというのも危険な気がしないでもない。二人の他愛も無い会話を聞き流しながら、私は今後の行く先を心配していた。
エリオットさんには詳しく話していないが、私の持つ槍の精霊はこの女性を『敵だ』と断言していた。記憶が無いから害が無いものの、もし記憶が戻ったとしたら私達の敵になるかも知れないのだ。そんな人と一緒に連れ立っていいものか。
皆に愛される為に生まれてきたかのような彼女の仕草と美貌、だが頭で美しいと感じているのに私の心には何故か彼女に対する悪意のような感情ばかりが渦巻いている。エリオットさんと出会った当初もコイツはいけ好かないと感じたが、それとは全くの別次元。本当の意味で『相容れない』とはこのような事を言うのだろう。
その違和感をエリオットさんに伝えられるほど私は強くない。何故ならそんな事を言おうものなら私が性格が悪いと暗に言うようなものだからだ。この女性に敵意を抱く、というのはそういう事だった。
馬車の外では、木々の向こうに夕日が見える。鳥が森へ帰り、蝙蝠が飛び交い始める空。一匹の蝙蝠と、何となく目が合ったような気がした。見えないはずのその目は、まるでお前と自分は仲間だぞ、とでも言うように光っていた。
「今度こそあの女に知っている事を話して貰わないとな」
先程露店で買った明るい黄色の果実を片手に持ちながら呟き、そしてその果実を頬張るのはエリオットさん。街角を歩きながら彼から渡された果実を物珍しそうに眺めている金髪美女は、彼の真似をしてその果実に一口かじりついてみた。
「美味しい……!」
「このあたりで取れる果物じゃないんだけどな」
どちらかといえばもっと北の地方の名産なんだぜ、と付け加えてまた一口。私も貰っていたので一緒になって食べてみる。濃厚な甘い香りと、つるりとした歯ざわりが心地よい。この瑞々しさは私の住んでいた地方ではなかなか無い果物だ。その柔らかな曲線を描く果実の形が、女性的なものを思わせる。
ふと横を見ればとても気に入ったようでもう既に平らげている彼女。
「私の食べかけでよければ残りをあげましょうか?」
「えっ、いいんですか?」
「どうぞ」
食べかけを手渡すと遠慮なしにかぶりつく。それほど気に入ったのだろうか。
「不便だから彼女に本当の名前が分かるまでの呼び名が欲しいところじゃないか?」
美味しそうに食べている彼女を、気持ち悪いくらいというかぶっちゃけもう気持ち悪いだけの優しい笑顔で見つめる気持ち悪いエリオットさんがもっともな事を言う。大事な事なので三回描写しました。
「確かに名前は欲しいですね。でも何て呼べばいいのか……」
「レクチェでいいだろ、そっくりだ」
そう言うと彼は手元の果物と、隣の彼女を交互に見比べる。
「まさか……」
確かに色も似ているが、彼女はここまでぽってりしていないような……胸!? 胸ですか!? メロンほどには例えられないもののなかなかの大きさであるその胸を連想して!?? いや、そもそも名前のつけ方がまるで子犬ではないか、物から取るだなんて。それで彼女はいいのだろうか? 当の彼女はというと、話をほとんど聞かずに果物を平らげた後、私達の視線に気付いて不思議そうに首を傾げた。
「今、君の名前を考えていたんだ」
エリオットさんは話を続ける。
「レクチェでいい? そしたら俺、これを食べるたびに嬉しくなるんだけどな」
本当に嬉しいだけなのか、いやらしい気持ちの間違いではないのだろうか。
あまり意味の分かっていなさそうな彼女は素直にそれに応じ、
「本当の名前も分かりませんし、何と呼んでくれても構いませんよ」
そう言って、また無垢な微笑みをその口元に浮かべた。私は何故か果物の曲線を幸せそうに撫でているエリオットさんをなるべく視界に入れないようにし、歩幅をゆるめて会話を再開させる。
「あの女、とはエリオットさんのお師匠さまの事ですかね?」
「あぁ、進展はしてないけど怪我はとりあえず治したし、あそこから情報を引き出せないと正直何も出来ない」
そう話す表情はもう先程の下品なものではなく、至って真剣だ。小さな芯だけを残し果物を食べ終えると、私達は馬車を借りて街を出た。
それが二時間前の話である。か弱い女性を歩かせるわけにはいかない、と今回は馬車でフィルに向かっているので一日もしないうちに着くだろう。
馬車の中ではエリオットさんが必死に打ち解けようとレクチェさんに色々話しかける。当初はよそよそしかった彼女もだんだん慣れてきた様子だ。普通に考えればとても良い事なのだが、顔に『おっぱい』と書いてあるような表情の男性と打ち解けるというのも危険な気がしないでもない。二人の他愛も無い会話を聞き流しながら、私は今後の行く先を心配していた。
エリオットさんには詳しく話していないが、私の持つ槍の精霊はこの女性を『敵だ』と断言していた。記憶が無いから害が無いものの、もし記憶が戻ったとしたら私達の敵になるかも知れないのだ。そんな人と一緒に連れ立っていいものか。
皆に愛される為に生まれてきたかのような彼女の仕草と美貌、だが頭で美しいと感じているのに私の心には何故か彼女に対する悪意のような感情ばかりが渦巻いている。エリオットさんと出会った当初もコイツはいけ好かないと感じたが、それとは全くの別次元。本当の意味で『相容れない』とはこのような事を言うのだろう。
その違和感をエリオットさんに伝えられるほど私は強くない。何故ならそんな事を言おうものなら私が性格が悪いと暗に言うようなものだからだ。この女性に敵意を抱く、というのはそういう事だった。
馬車の外では、木々の向こうに夕日が見える。鳥が森へ帰り、蝙蝠が飛び交い始める空。一匹の蝙蝠と、何となく目が合ったような気がした。見えないはずのその目は、まるでお前と自分は仲間だぞ、とでも言うように光っていた。
更新日:2011-07-01 23:53:24