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◇◇◇ ◇◇◇
クリス達がスーベラの宿屋でキャッキャウフフしていた頃の事である。
「良かったのですか、あれで」
会社の事務所のような部屋で、黒いスーツを着た男装の女がファイル片手に、側の机で座っている男に声をかけた。
背丈は百七十に近い、綺麗な顔立ちであるにも関わらず周囲を畏怖させるその佇まい。一番の原因はその左頬にある大きな火傷の痕であろう。
眼光は鋭く、火傷さえなければクールビューティーで通るであろう女は、漆黒の髪に瞳。男と見間違いそうになるものの、そのショートカットはとても似合っている。彼女を女として認識させるのは、その胸でスーツが若干丸みを帯びているからに他ならない。
「記憶を戻させるなら、連れていかせた方がいいかなって」
問いかけに答えた男も、女同様に漆黒の髪と瞳。肩につくかつかないかぐらいまでの長さの髪は、一片のクセも見られないストレートだ。
こちらも黒いスーツ。だがスーツに着けられたピンやハンカチ等の小物の上等さから、それなりに高い地位である事が伺われる。座っている机と椅子も、豪勢な物だ。
「それだけでどうにかなるものでしょうか」
「なるだろうさ、彼らに渡せばきっと彼女が動くからな」
女の疑問に男が確信を持った声色で言った。
「当分は監視に使い魔を飛ばしましょう」
「気付かれないようにな、特に彼女には」
「善処します」
そこで部屋の唯一のドアでノックの音が響く。トントントン、と三回。
返事も待たずにドアは開かれ、入ってきたのは他でもない、あの謎の男セオリーだった。
「今日はバレンタインデーですが、チョコは貰えましたかフィクサー」
「だ ま れ」
この世界でもバレンタイン伯爵がいて、某国のようにお菓子戦略があるのかどうかという疑問はさておき、フィクサーと呼ばれた男の反応を愉快そうに見るセオリー。
スーツ二人の中に、一人だけあの軽鎧を着ている為とても浮いているがそんな事は本人はお構いなしのようだ。
「ふふ、私は二つ貰えましたよ」
「今すぐその口にチョコ突っ込んでやるから、その貰ったチョコ寄越せ!」
どこまでも空気を読まずに自分勝手に喋り続ける彼に、とうとうキレたフィクサー。そこへ隣で立っていた女性が怒る上司を宥めるかのようにフォローを入れる。
「フィクサー様、私でよければチョコの用意がございます」
そっと手渡される小さい紙に包まれた一粒のチョコ。どう見ても小腹が空いた時に自分で食べるためにポケットにでも入れておいたかのような物だ。若干溶けている。
クールビューティーが、ほんのりとはにかんでこう言った。
「はっぴーばれんたいん、フィクサー様」
天然ボケ二人にもう怒る気も失せて、ぷるぷる震えながら項垂れる可哀想な黒髪の青年。だがそこはすぐに気を取り直し、本題に入る。
「で、うまくやってきたのか」
「えぇ勿論、危うく被検体を壊されそうにはなりましたが」
「それはうまくいったというのか?」
「多分」
どや顔で言う紅い切れ長の瞳の青年に一律の不安を抱きつつ、でもまぁこの男なら失敗はないだろう、と前向きに捉えたようだ。
フィクサーは椅子に腰を掛けなおし、机の上にあったシガーケースに手をかける。そこからは高級そうな葉巻が現れ、それに上手に火をつけた。
「あー、俺の癒しはコレだけだ……」
部下に悩まされる上司はいつだって酒と煙草に現実逃避するものだ。
◇◇◇ ◇◇◇
【第三章 絵本 ~始まりの始まり~ 完】
クリス達がスーベラの宿屋でキャッキャウフフしていた頃の事である。
「良かったのですか、あれで」
会社の事務所のような部屋で、黒いスーツを着た男装の女がファイル片手に、側の机で座っている男に声をかけた。
背丈は百七十に近い、綺麗な顔立ちであるにも関わらず周囲を畏怖させるその佇まい。一番の原因はその左頬にある大きな火傷の痕であろう。
眼光は鋭く、火傷さえなければクールビューティーで通るであろう女は、漆黒の髪に瞳。男と見間違いそうになるものの、そのショートカットはとても似合っている。彼女を女として認識させるのは、その胸でスーツが若干丸みを帯びているからに他ならない。
「記憶を戻させるなら、連れていかせた方がいいかなって」
問いかけに答えた男も、女同様に漆黒の髪と瞳。肩につくかつかないかぐらいまでの長さの髪は、一片のクセも見られないストレートだ。
こちらも黒いスーツ。だがスーツに着けられたピンやハンカチ等の小物の上等さから、それなりに高い地位である事が伺われる。座っている机と椅子も、豪勢な物だ。
「それだけでどうにかなるものでしょうか」
「なるだろうさ、彼らに渡せばきっと彼女が動くからな」
女の疑問に男が確信を持った声色で言った。
「当分は監視に使い魔を飛ばしましょう」
「気付かれないようにな、特に彼女には」
「善処します」
そこで部屋の唯一のドアでノックの音が響く。トントントン、と三回。
返事も待たずにドアは開かれ、入ってきたのは他でもない、あの謎の男セオリーだった。
「今日はバレンタインデーですが、チョコは貰えましたかフィクサー」
「だ ま れ」
この世界でもバレンタイン伯爵がいて、某国のようにお菓子戦略があるのかどうかという疑問はさておき、フィクサーと呼ばれた男の反応を愉快そうに見るセオリー。
スーツ二人の中に、一人だけあの軽鎧を着ている為とても浮いているがそんな事は本人はお構いなしのようだ。
「ふふ、私は二つ貰えましたよ」
「今すぐその口にチョコ突っ込んでやるから、その貰ったチョコ寄越せ!」
どこまでも空気を読まずに自分勝手に喋り続ける彼に、とうとうキレたフィクサー。そこへ隣で立っていた女性が怒る上司を宥めるかのようにフォローを入れる。
「フィクサー様、私でよければチョコの用意がございます」
そっと手渡される小さい紙に包まれた一粒のチョコ。どう見ても小腹が空いた時に自分で食べるためにポケットにでも入れておいたかのような物だ。若干溶けている。
クールビューティーが、ほんのりとはにかんでこう言った。
「はっぴーばれんたいん、フィクサー様」
天然ボケ二人にもう怒る気も失せて、ぷるぷる震えながら項垂れる可哀想な黒髪の青年。だがそこはすぐに気を取り直し、本題に入る。
「で、うまくやってきたのか」
「えぇ勿論、危うく被検体を壊されそうにはなりましたが」
「それはうまくいったというのか?」
「多分」
どや顔で言う紅い切れ長の瞳の青年に一律の不安を抱きつつ、でもまぁこの男なら失敗はないだろう、と前向きに捉えたようだ。
フィクサーは椅子に腰を掛けなおし、机の上にあったシガーケースに手をかける。そこからは高級そうな葉巻が現れ、それに上手に火をつけた。
「あー、俺の癒しはコレだけだ……」
部下に悩まされる上司はいつだって酒と煙草に現実逃避するものだ。
◇◇◇ ◇◇◇
【第三章 絵本 ~始まりの始まり~ 完】
更新日:2012-09-21 10:54:49