• 266 / 565 ページ

憎悪 ~悪意は伝染していく~

挿絵 400*400

   ◇◇◇   ◇◇◇

 元々はライトの差し金であるが、フォウがクリスによって被せられたパンツを手に取って悶えていた時から二時間くらい後の事である。
 城ではモルガナからの要求に対してどう対応するか結論が出され、それを臣下、軍上層部、そして一部の記者に伝えるべく玉座の間に一同が集められて整列していた。
 玉座に座るはこの国の王。少しくせのついた萌葱色の髪に、形がいいんだか悪いんだか何とも言えない中途半端な翡翠の瞳。年には勝てず、頬の弛みや皺が目立ってきてはいるが彼は毅然とした佇まいでそこに居た。だがそれはあくまでこの場だからの話であって、普段の彼はとても温厚で優しく、むしろちょっと気は弱い方である。
 皆が揃った事を確認し、彼はその口を開き、言い放った。

「モルガナの要求には一切応じぬ」

 簡潔なその一言が意味する事は、人質となっている息子を見捨てる、と言う事。
 それを聞くなり王の前だと言うのに皆がざわめいてしまう。無理も無い、王の決断の内容自体は勿論の事、この優しき王がその決断をしたと言う事が彼らにとって驚きなのだ。
 それを受けて、彼らの疑問を解消すべく隣に座っていた王妃が続ける。

「軍を放棄などという要求に応じれば、その後に侵攻されるのは簡単に想像がつく事。結局息子だけでなく国民の安全すらも保障は出来なくなる。当然の、選択なの……じゃ」

 王妃は最初は淡々と説明していたが、話が進むに従ってその声は小さくなり、羽扇子を持つ手が震えていた。
 その彼女の様子を見ればこの決断が無情なものではなく、苦渋の決断である事が容易に受け取る事が出来、ざわめいていた一同もその思いを汲んで押し黙る。

「あの子は強い。そう簡単には死なぬ……心配など……」

 が、そこで王妃の羽扇子がボキッと真っ二つに折れた。

「ほほほほほ!! もう無理じゃ! これが我慢出来るものか! 私自ら赴いてあの肉達磨を八つ裂きにッッ!!」

 どうやら我慢していた王妃がブチ切れたようである。すっくとその場を立ったかと思うとスカートの裾を持ってどこかへ行こうとする王妃を慌てて止めたのは、傍に居た家臣の一人。

「おおおおお王妃様、どうか落ち着いて!!」

 そんな様子を見ていた、レイアを含めた軍人や家臣達は皆同様に『母親、恐るべし』などと思っていたが、口になど出せるわけもなくただその様子を固唾をのんで見守るだけだった。
 王はそんな妃の様子を見ながら『後でフォローするの大変じゃなぁ』などと思いつつも、その場をうまくまとめて終了させる。

 結局大型竜の件に関しては国民の不安を煽る為、隠蔽。つまりこの場で触れられる事は無かった。
 そして、エリオットの手紙はモルガナからの文書のおかげで、真実ではなく工作として受け止められ、おかげでダーナの君との婚約話はそこまで荒れずに済んだのだった。いや、それでも当人が不在には違いないので、かなり荒れてはいるのだが。

「ふぅ……」

 一応謹慎が解けたレイアだったが、この後何かしらの処罰が待っているのは変わらない。結局自分の部下が、駆け落ちではなく誘拐をしたと言う事になっているからである。
 だが彼女を悩ませるのはそれよりも、真実を城の誰にも伝えられない事だった。不幸中の幸いと言えるのが、国の決断。これがエリオットの身を優先してしまっていたら目もあてられなかった。何故なら多分ではあるが、エリオットの身が危険に及ぶとは考え難いからである。
 軍服の襟元を少し緩ませ、玉座の間を出てすぐのところでレイアは後ろからちょん、と肩を突かれて振り返った。そこにはオレンジのツンツンした髪の獣人の青年と、長い白金の髪を三つ編みにまとめた色白の青年が立っていた。

「王子の護衛の……ヨシュアとガウェインだったかな。何か用かい?」

「クリスさんの居場所を知りたい」

 ガウェインがぼそりと一言。彼は王子不在の今、ただの一般兵でしかない。それにも関わらず准将である彼女にこのぶっきら棒な物言い。レイアは眉を顰めるが、彼が獣人である事は明白なので、どうせ鳥人である自分の事が気に食わないだけなのだろう、と敢えてそこは大人な対応でスルーをする。

「クリスの? どうしてまた」

 理由を尋ねる彼女に、獣人の青年はチッと舌打ちをして顔を背けてしまった。仕方無しにその隣に居た三つ編みの青年が、口を開く。

「城に……連れて来るように、と……命令、が」

「ふむ、誰から?」

更新日:2011-07-18 19:21:18

  • Twitter
  • LINE
  • Facebook