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吹き荒れる風 ~地に二王なし~
◇◇◇ ◇◇◇
俺はクリスが川に流れていってその姿が見えなくなるのを確認してから、すごすごと建物の中に戻って行った。いくつもある大きな入り口は、先程クラッサがやっていたように特定のリズムを叩く事によって起動する魔術が施された特殊な扉。その分厚さは幼児一人の身長くらいで、普通の扉として機能させるには難しいからだ。
何故そんな分厚いかと言うと、ここには竜が閉じ込められているからに他ならない。
フィクサー達の知識を駆使して造られたらしいこの施設は、常識じゃはかれない物だった。こんな場所に攻め込もうとしていただなんて身の程知らずもいいところだと今は思う。
分厚いだけではその壁すら壊してしまうかも知れない数匹の大型竜は、特殊な催眠によって普段は猫のようにほとんど眠っている。そこへ十数人の世話係が毎日せっせこ働いているらしい。逆に言えば、ここに居る者で本当に恐ろしい存在なのはあの三人だけって事だ。
このだだっ広い建物の狭い通路で名前も知らない下っ端と何度かすれ違いながら、俺は自分に割り当てられた一室へ向かう。
「くっそ……」
何て顔してくれやがるんだ、アイツは。いつもみたいに皮肉を言えばいいものを、あんな反応されたら聞いた甲斐があり過ぎて逆に困るっつーの。
もしクリスがローズの妹でも何でもない普通の娘だったならキスの一つくらいしてやるシチュエーションだった。それを思い留まらせてくれたのは、否が応にも目に入ってくるあの白い翼。そんな物引っ提げた状態でいきなりアイツにそんな事をしたら、それこそローズの代わりだと誤解されてしまう。いや、実際代わりとして見ているのかも知れないが……俺にももうよく分からん。
あの顔を思い出して、クリスはどんな気持ちでいたのだろう、と若干妄想しながら歩いていたら、気付けば自分の部屋の前まで来ていた。
躊躇いなくドアノブを回して開けると、
「お帰りなさいませ」
何故か出迎えてくれたクラッサと、
「大変面白かったですよ」
『玄人隠し撮り映像⑱』と書かれたラベルが貼られている水晶を手に持っているセオリー。
そのラベルの意味を考えて、つぅ、と頬を伝う汗。
「お前等何でここに……って言うかソレ……」
俺はぷるぷる震えながらも人差し指をゆっくりとその水晶へ指し向けた。
多分その水晶は、アゾートで監視している映像を受信するものだろう。わざわざそれを俺の部屋で見ている理由は……
クラッサは戦慄く俺に、少しにやけた表情を向けて一言。
「ちなみに私には通じましたよ、王子の最後の言葉」
「やっぱり覗き見してやがったな!?」
「まぁ逃げないだなんて信じられるわけがありませんから、監視しておくのは当たり前でしょう」
俺の叫びに平然と自らの行いの正当性を言い放つセオリー。しかしその顔は監視と言うよりはやはり覗きだ。とても楽しそうにその大きな口の口角をを上げている。
本当に悪趣味過ぎないかこの二人は。この場に居ないフィクサーが幾分かマトモに見えてしまうくらいに。
「散々暴力を振るった後にわざと伝わらないように愛を囁くだなんて、王子は生粋のドSですね」
そう言ってフフフ、と口元を押さえてクラッサが笑った。
こっちは別に暴力を振るいたくて振るったわけでは無いと言うのに、何つー事を言うんだ彼女は。俺は至ってノーマルなはず……ごめん、ちょっと自信無い。
「勘弁してくれ……」
どんなに伝えたくても今はまだ伝えてはならないこの気持ちを、俺はあの時クリスに古い言語で呟いた。決して伝わる事の無いように、でも聞かせたくて。
火照る顔を落ち着かせるべく俺は額の汗を拭う仕草でそのまま目元を隠す。人をいじって楽しむこいつらも充分サディストだと思うんだぜ。
「あぁ可哀想なレイア准将……裏切る事が前提だったとはいえ、あのお方の事はこれでも結構気に入っていたのです」
だったらその笑いが堪えきれてない顔を何とかするんだクラッサ。彼女は、やっぱり口元を押さえたまま笑っていた。
ここで突っ込んだらフィクサーと同じように更にいじられるのが目に見えている為、俺は黙って言いたい事を飲み込んで占領されている椅子をすり抜けてベッドに向かい、腰掛ける。
独りにならせて貰えない事に溜め息を吐いて、遠まわしに出て行けと催促したつもりだったのだが、そこへセオリーがその赤い瞳を薄く薄く開きながら水晶を見つめて言った。
俺はクリスが川に流れていってその姿が見えなくなるのを確認してから、すごすごと建物の中に戻って行った。いくつもある大きな入り口は、先程クラッサがやっていたように特定のリズムを叩く事によって起動する魔術が施された特殊な扉。その分厚さは幼児一人の身長くらいで、普通の扉として機能させるには難しいからだ。
何故そんな分厚いかと言うと、ここには竜が閉じ込められているからに他ならない。
フィクサー達の知識を駆使して造られたらしいこの施設は、常識じゃはかれない物だった。こんな場所に攻め込もうとしていただなんて身の程知らずもいいところだと今は思う。
分厚いだけではその壁すら壊してしまうかも知れない数匹の大型竜は、特殊な催眠によって普段は猫のようにほとんど眠っている。そこへ十数人の世話係が毎日せっせこ働いているらしい。逆に言えば、ここに居る者で本当に恐ろしい存在なのはあの三人だけって事だ。
このだだっ広い建物の狭い通路で名前も知らない下っ端と何度かすれ違いながら、俺は自分に割り当てられた一室へ向かう。
「くっそ……」
何て顔してくれやがるんだ、アイツは。いつもみたいに皮肉を言えばいいものを、あんな反応されたら聞いた甲斐があり過ぎて逆に困るっつーの。
もしクリスがローズの妹でも何でもない普通の娘だったならキスの一つくらいしてやるシチュエーションだった。それを思い留まらせてくれたのは、否が応にも目に入ってくるあの白い翼。そんな物引っ提げた状態でいきなりアイツにそんな事をしたら、それこそローズの代わりだと誤解されてしまう。いや、実際代わりとして見ているのかも知れないが……俺にももうよく分からん。
あの顔を思い出して、クリスはどんな気持ちでいたのだろう、と若干妄想しながら歩いていたら、気付けば自分の部屋の前まで来ていた。
躊躇いなくドアノブを回して開けると、
「お帰りなさいませ」
何故か出迎えてくれたクラッサと、
「大変面白かったですよ」
『玄人隠し撮り映像⑱』と書かれたラベルが貼られている水晶を手に持っているセオリー。
そのラベルの意味を考えて、つぅ、と頬を伝う汗。
「お前等何でここに……って言うかソレ……」
俺はぷるぷる震えながらも人差し指をゆっくりとその水晶へ指し向けた。
多分その水晶は、アゾートで監視している映像を受信するものだろう。わざわざそれを俺の部屋で見ている理由は……
クラッサは戦慄く俺に、少しにやけた表情を向けて一言。
「ちなみに私には通じましたよ、王子の最後の言葉」
「やっぱり覗き見してやがったな!?」
「まぁ逃げないだなんて信じられるわけがありませんから、監視しておくのは当たり前でしょう」
俺の叫びに平然と自らの行いの正当性を言い放つセオリー。しかしその顔は監視と言うよりはやはり覗きだ。とても楽しそうにその大きな口の口角をを上げている。
本当に悪趣味過ぎないかこの二人は。この場に居ないフィクサーが幾分かマトモに見えてしまうくらいに。
「散々暴力を振るった後にわざと伝わらないように愛を囁くだなんて、王子は生粋のドSですね」
そう言ってフフフ、と口元を押さえてクラッサが笑った。
こっちは別に暴力を振るいたくて振るったわけでは無いと言うのに、何つー事を言うんだ彼女は。俺は至ってノーマルなはず……ごめん、ちょっと自信無い。
「勘弁してくれ……」
どんなに伝えたくても今はまだ伝えてはならないこの気持ちを、俺はあの時クリスに古い言語で呟いた。決して伝わる事の無いように、でも聞かせたくて。
火照る顔を落ち着かせるべく俺は額の汗を拭う仕草でそのまま目元を隠す。人をいじって楽しむこいつらも充分サディストだと思うんだぜ。
「あぁ可哀想なレイア准将……裏切る事が前提だったとはいえ、あのお方の事はこれでも結構気に入っていたのです」
だったらその笑いが堪えきれてない顔を何とかするんだクラッサ。彼女は、やっぱり口元を押さえたまま笑っていた。
ここで突っ込んだらフィクサーと同じように更にいじられるのが目に見えている為、俺は黙って言いたい事を飲み込んで占領されている椅子をすり抜けてベッドに向かい、腰掛ける。
独りにならせて貰えない事に溜め息を吐いて、遠まわしに出て行けと催促したつもりだったのだが、そこへセオリーがその赤い瞳を薄く薄く開きながら水晶を見つめて言った。
更新日:2012-12-28 21:25:28