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駆け落ち ~忽然と消えたその先は闇~

挿絵 400*400

   ◇◇◇   ◇◇◇

 クリスが帰って、告白してもいないのに軽く振られたような喪失感を味わっていた俺は、着ていた黒の軍服の上着と靴を脱いでベッドに倒れこむ。
 とりあえずローズの死因は隠し通せた。
 教えてもいいかも知れないが、あの時あれで気持ちを収めていたところに復讐心を煽らせる必要は皆無だし、手を出したら危ない相手を怨ませるだなんて危険すぎる。
 しかし、後のほうにクリスの言っていた事は尤もだった。
 まだガキのくせして変にしっかりしてやがる。

「あー……」

 俺はアイツの寄り掛かる場所になってやれないのだ。
 それは俺自身がクリスのお眼鏡に適っていないと言うよりは、俺を取り巻く環境がそれを躊躇わせている。
 王子であったりだとか、婚約直前だとか、それにきっとローズの事もあるだろう。
 想いを伝えて土下座でもして愛人、体よく言えば側室という位置にでも迎えられないものかと我ながら酷い事を考えたが、クリスは絶対にそんなの拒否するに決まっている。
 と言うかただ傍に居て欲しい。
 別に俺の物になる必要は無いんだ。毎日だなんて贅沢は言わん、度々会って今日みたいに隣で楽しく笑っていてくれれば……

「かゆい!!」

 自分の想像していた事に全身がむず痒くなって、俺はがばっと上半身を起こし正気を取り戻そうとする。
 あのクソガキにどうしてこんな事を想わないといかんのだ、この俺が。
 大体においてあんなまっ平らな胸の小娘を愛人にだなんてリアファルの事も重なれば今度の俺の世間評価は間違いなく『男色の気がある』から『ロリコン』にクラスチェンジだ。
 どっちも違うのに酷い言われ様だろコレ!!

 自分の体を抱えてうずくまる事で、もやもやする感情を抑えようとする。
 けれど気付いてしまったこの気持ちはそんなのお構い無しに俺の思考を埋め尽くしていく。
 今日のクリスの服装だって色気も素っ気も無い、だぼっとしたラフな私服。なのにそれも可愛く見えてくるから恐ろしい。
 服の上からは膨らんでいる事すら分からない胸も、まぁこれはこれでアリなんじゃないかとか思ってしまっていた。
 ましてや元々ローズに似ているあのぽてっとした唇は、意識し出してからはもう触りたくて仕方ない。
 クッキーを与えながらそのまま指を突っ込んでやろうと何度思った事か。

「気持ち悪ぃぃぃぃぃぃ!!」

 顔を押さえて、ベッドの上で転がりながら自分で自分を非難する。
 リアファルじゃないが本当に俺、気持ち悪い。
 気に入ったら当たって砕けろが俺の恋愛におけるポリシーの一つだと言うのに、相手がクリスとなるとそういうわけにも行かずこんなに気持ち悪いムッツリな事になっているのだ。
 俺のせいじゃない、俺のせいじゃ。
 疲れてきて若干だが落ち着いてきた思考回路。

「はぁ」

 深く溜め息を吐いて、俺は今後どうやったらクリスを傍に置いておけるか考えていた。
 今の公務が終わるまでに何か考えないと、本当にクリスが俺の元から離れてしまう。
 そこでフォウと一緒に旅に出たりなんてしたら、今はあんな調子だけれど時間を掛ければ二人がくっついてしまう事だって無いとは言えないのだ。
 そこまで強い感情は無さそうだが、少なくともフォウはクリスが明らかにストライクゾーン内だとその態度が告げている。
 あのお喋り小僧にかっ攫われるのはムカつくなあぁぁぁぁぁ。
 これだけは阻止せねばならない。

「っと、そうだった」

 アイツ今行方知れずだったな、忘れないうちに来客リストを確認してくるか。
 上着はベッドに置いたまま、靴だけ履き直して俺は部屋を出る。
 いつもはひらひらした服が多いだけに、軍服で歩いているとメイドがちらちらと見ては違和感のする俺を気にしているようだった。
 一つ目の回廊を抜けた先で、俺はレイアとばったり遭う。
 もう陽は落ちていると言うのに毎日ご苦労な奴。

「クリスは帰ったのですか?」

 すれ違おうとしたのだが声を掛けられて立ち止まる俺に、レイアはその綺麗と言うよりは勇ましい目元を鋭く細めて向けた。

「あぁ帰ったけど、何か用でもあったか?」

「……婚約解消しようなどと思っていませんよね?」

 言われた言葉がかなりクリーンヒットしてくるものだから、俺は思わずむせてそのまま咳き込む。

「なっ、何でだよっ」

「答えて欲しいのであれば……」

 そう言って彼女は俺の手を掴んで、近くの空いている客室に連れ込んだ。
 バタンとドアを閉め、鍵をかけたのをしっかり確認してからこちらに向き直るレイアのその行動は、俺の不安を強く煽ってきた。

更新日:2013-05-17 15:06:37

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