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程なくしてダイニングキッチンにライトさんが入ってくる。
「終わったぞ」
「もうですか!?」
ガタンと椅子を強く動かして、思わず私は立ち上がった。
「もう、と言っても一時間以上は経っただろう。確かに手ごわい呪術だったな。体力が戻るまでエリオットは寝かせておけばいい」
ふう、と彼はテーブルの椅子を引いて腰掛ける。手には一つの瓶。真っ黒な『なにか』が入っている。
「これが呪いの正体だ」
机に瓶をドンと置く。
「え?」
理解が出来ずに素っ頓狂な声をあげてしまった。
「そのままだ、呪いを取り出して瓶に入れた。見た事無いものだから良い研究材料になりそうだ」
クックック、と嬉しそうに瓶を眺めるライトさんのその様はまさに怪しい科学者のよう。瓶の中身は煙のような液体のような、何ともいえない動きで揺れている。呪いを取り出して瓶に詰めるだなんて聞いた事も無いが、出来る人には出来るんだなぁ……と関心してしまった。
「レフト、一週間は休診にしておいてくれ」
「わかりましたわ~」
レフトさんは言われるままに外来のほうへぱたぱたと走っていく。看板を書き換えておくのだろうか。しかし、
「一週間もお休みにするんですか?」
「他の患者がきても気が足りないから治せない。それだけだ」
と言ってポケットから取り出した煙草に手馴れた仕草でマッチで火をつける。
そういえばレフトさんがディビーナは魔力のようなものだとも言っていた。充填するまで一週間はかかる、という事か。魔力で考えれば一週間も休んで充填しなければならない量を使うというのは相当だから、先程言われた通り本当に手ごわかったのだろう。
「で、お前はローズと関わりがあるのか」
「!」
急に話題を切り替えられた。彼はただでさえ鋭い目をさらに鋭くしてこちらを睨みつける。
「まぁ正解だろう? よく似ているからすぐ分かったぞ。隠さないで、あった事を教えてくれればいい」
すると少しだけ目つきは優しくなり、そっと話を促してくる。
「私の知っている範囲になりますが……」
私は事の顛末を、煙に巻かれて幸せそうな獣人に話し始めた。
今のライトさんの形相は、言葉に表せないくらい怒りに歪んでいる。話している間にどんどん怒っていくのが分かって口を開くのも躊躇うくらいだったが、恐怖にそれでも耐えられたのは耳や尻尾による怒りの表現だけは可愛かったからかも知れない。
「だからあんな女に構うなと言ったんだ!」
「あらあらお兄様、ローズ様は悪くありませんわ」
どうやら彼は、エリオットさんと姉の仲を快く思っていなかったようだ。実の姉を『あんな女』と言われてしまうとちょっとムッとするので、つい対抗心丸出しで思わず喋ってしまう。
「いやー私としてもあんな軟派な人と姉が関わってる事は本当に腹立たしいんですがね!」
すると、怒るかと思ったライトさんは私をなだめるように話し始めた。
「クリス、君は最近のローズを知らないからそんな事が言えるんだ。エリオットは確かに下半身馬鹿だが、ローズも相当のアバズ……」
「お兄様、子供に話すような内容ではございませんわよ~」
どげしっ! とレフトさんの凄い勢いのチョップがライトさんの頭にのめりこむ。そのまま彼は無言で机に突っ伏してしまったが、意識はあるのだろうか?
「クリス様、大丈夫ですよ。あの二人はとてもお似合いでしたわ~」
ウフフフフフ、と上品に微笑むレフトさんに、どうお似合いなのか聞く事は私にはとてもじゃないが出来なかった。
レフトさんは何事も無かったかのようにカップに珈琲を注いで、実の兄の頭の隣にドンッと置き、次に私の元にも優しく置く。
「お砂糖とミルクはどういたしますか~?」
「あ、お願いします」
頭をさすりながらライトさんもむくりと起き上がり、ブラックであろう珈琲に口をつけてまた話を切り出した。
今度はマジメな顔をして。
「しかし、その謎の男が何故その奥の部屋に行かせようとしなかったのか気になるところだ」
「研究施設のようでしたから、見られたくない研究があったのでしょうね」
「回収された精霊武器の事も心配ではあるな」
「何か知っていらっしゃるのですか!?」
知っていそうな口ぶりに、思わず身を乗り出して話を聞いてしまった。
「落ち着け……どこかに書物があったはずだ」
「多分それなら二番の本棚の下から三番目の段の左から十四番目の本だと思いますわ~」
私は盛大に珈琲を吹く。
「取ってきてくれ」
「わかりましたわ~」
レフトさんの異常な発言にその兄が平然としている、という事は普段通りの事なのだろうか。珈琲びたしの机を拭きながら本の到着を待つ間、この兄妹の疑問で頭がいっぱいだった。
「終わったぞ」
「もうですか!?」
ガタンと椅子を強く動かして、思わず私は立ち上がった。
「もう、と言っても一時間以上は経っただろう。確かに手ごわい呪術だったな。体力が戻るまでエリオットは寝かせておけばいい」
ふう、と彼はテーブルの椅子を引いて腰掛ける。手には一つの瓶。真っ黒な『なにか』が入っている。
「これが呪いの正体だ」
机に瓶をドンと置く。
「え?」
理解が出来ずに素っ頓狂な声をあげてしまった。
「そのままだ、呪いを取り出して瓶に入れた。見た事無いものだから良い研究材料になりそうだ」
クックック、と嬉しそうに瓶を眺めるライトさんのその様はまさに怪しい科学者のよう。瓶の中身は煙のような液体のような、何ともいえない動きで揺れている。呪いを取り出して瓶に詰めるだなんて聞いた事も無いが、出来る人には出来るんだなぁ……と関心してしまった。
「レフト、一週間は休診にしておいてくれ」
「わかりましたわ~」
レフトさんは言われるままに外来のほうへぱたぱたと走っていく。看板を書き換えておくのだろうか。しかし、
「一週間もお休みにするんですか?」
「他の患者がきても気が足りないから治せない。それだけだ」
と言ってポケットから取り出した煙草に手馴れた仕草でマッチで火をつける。
そういえばレフトさんがディビーナは魔力のようなものだとも言っていた。充填するまで一週間はかかる、という事か。魔力で考えれば一週間も休んで充填しなければならない量を使うというのは相当だから、先程言われた通り本当に手ごわかったのだろう。
「で、お前はローズと関わりがあるのか」
「!」
急に話題を切り替えられた。彼はただでさえ鋭い目をさらに鋭くしてこちらを睨みつける。
「まぁ正解だろう? よく似ているからすぐ分かったぞ。隠さないで、あった事を教えてくれればいい」
すると少しだけ目つきは優しくなり、そっと話を促してくる。
「私の知っている範囲になりますが……」
私は事の顛末を、煙に巻かれて幸せそうな獣人に話し始めた。
今のライトさんの形相は、言葉に表せないくらい怒りに歪んでいる。話している間にどんどん怒っていくのが分かって口を開くのも躊躇うくらいだったが、恐怖にそれでも耐えられたのは耳や尻尾による怒りの表現だけは可愛かったからかも知れない。
「だからあんな女に構うなと言ったんだ!」
「あらあらお兄様、ローズ様は悪くありませんわ」
どうやら彼は、エリオットさんと姉の仲を快く思っていなかったようだ。実の姉を『あんな女』と言われてしまうとちょっとムッとするので、つい対抗心丸出しで思わず喋ってしまう。
「いやー私としてもあんな軟派な人と姉が関わってる事は本当に腹立たしいんですがね!」
すると、怒るかと思ったライトさんは私をなだめるように話し始めた。
「クリス、君は最近のローズを知らないからそんな事が言えるんだ。エリオットは確かに下半身馬鹿だが、ローズも相当のアバズ……」
「お兄様、子供に話すような内容ではございませんわよ~」
どげしっ! とレフトさんの凄い勢いのチョップがライトさんの頭にのめりこむ。そのまま彼は無言で机に突っ伏してしまったが、意識はあるのだろうか?
「クリス様、大丈夫ですよ。あの二人はとてもお似合いでしたわ~」
ウフフフフフ、と上品に微笑むレフトさんに、どうお似合いなのか聞く事は私にはとてもじゃないが出来なかった。
レフトさんは何事も無かったかのようにカップに珈琲を注いで、実の兄の頭の隣にドンッと置き、次に私の元にも優しく置く。
「お砂糖とミルクはどういたしますか~?」
「あ、お願いします」
頭をさすりながらライトさんもむくりと起き上がり、ブラックであろう珈琲に口をつけてまた話を切り出した。
今度はマジメな顔をして。
「しかし、その謎の男が何故その奥の部屋に行かせようとしなかったのか気になるところだ」
「研究施設のようでしたから、見られたくない研究があったのでしょうね」
「回収された精霊武器の事も心配ではあるな」
「何か知っていらっしゃるのですか!?」
知っていそうな口ぶりに、思わず身を乗り出して話を聞いてしまった。
「落ち着け……どこかに書物があったはずだ」
「多分それなら二番の本棚の下から三番目の段の左から十四番目の本だと思いますわ~」
私は盛大に珈琲を吹く。
「取ってきてくれ」
「わかりましたわ~」
レフトさんの異常な発言にその兄が平然としている、という事は普段通りの事なのだろうか。珈琲びたしの机を拭きながら本の到着を待つ間、この兄妹の疑問で頭がいっぱいだった。
更新日:2011-06-20 18:06:13