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挿絵 400*371

「えっ」

 私は慌てて頬に手をやった。あぁ本当だ、濡れている。何とおぞましい事か、エリオットさんを心配して泣くだなんてアリエナイ。

「そこで待っていろ」

 そう言うと彼はエリオットさんを抱きかかえて、来た通路を戻っていった。不安げな私のために女医さんが言葉を付け加えてくれる。

「お兄様の治療は、ディビーナによる治療なのですわ~。ご安心してお待ちくださいな~」

「でぃびーな?」

 聞き覚えの無い単語に思わず聞き返してしまう。

「ディビーナメント。選ばれた者にしか使えない癒しの魔力、と言えば何となく分かりますでしょうか~。実際には魔力とは全く異なりますけども、ざっくり言うとそういうものですわ~」

 ウフフ、とにっこり笑って女医さんは私の頭をそっと撫でてくれた。眼鏡の下の優しい瞳は金色を帯びている。猫科の獣人特有のキャッツアイの輝きは、吸い込まれそうなくらい綺麗だ。

「エリオット様を連れてきてくださり、ありがとうございます。あの方はわたくしどもにとっても大切なお人。必ずお助けいたしますわ」

「あ……」

 そこでまた私はぽろぽろと涙を流してしまった。これは、同情だ。私は彼が助かって嬉しいのではない。いや勿論嬉しいのかも知れないが、それでは泣かない。泣いているのは、あれほど寂しげな彼にもちゃんと想ってくれている人がいる事に安心したからだ。
 私は、嫌なやつだ。

「泣かないでくださいな~。お昼はきっと、まだでしょう? 食事を用意致しますわ~」

 そう言うと彼女は私を別室に連れていって持て成してくれて、これがまたどれも凄く美味しくてやっぱり涙が出る。
 そんなこんなで食事を済ませ、気持ちも落ち着いたところで疑問に思っていた事を聞いてみた。

「ところでお姉さんはお医者さんでは無いのですか?」

 治療をお兄さんに任せっきりだからである。

「わたくしはただの助手ですわ~」

「あ、そうなんですか」

 白衣を着ているからと言ってお医者さんでは無い、という事を十二歳にて知った今日であった。



 彼女の名前は、レフト・シヴァンフォード。やはり虎の獣人らしいが、父が白虎の獣人で髪の色だけ白く生まれてしまったらしい。お医者さんの男性はライトと言う名前で、日々の食事と研究と煙草が大好きな、レフトさんの敬愛する双子のお兄さんらしい。
 何だか無用な情報まで貰ってしまったのは、延々とレフトさんがお兄様自慢をしていたからである。エリオットさんとは、王宮ご用達の医師だったレフトさん達の父の繋がりで、子供の頃からのお友達なんだそうだ。

「お兄様は研究のほうが大好きなのでよく病院をお休みにしてしまうのですわ~」

「困ったお医者さんですね」

 率直な意見を口にする。

「今のように勿論急患は対応しますから~軽度なら他の病院へ行け、というのがお兄様の言い分なのですわ~」

 のほほんとホットケーキを焼きながらレフトさんは饒舌にお喋りしている。治療を待っている間の不安など微塵も感じられない、治せると言う絶対的な自信がやはりあるのだろう。
 ところで先程沢山のお昼ご飯を食べたばかりなのだが、もうおやつの時間なのだろうか。私はまだお腹いっぱいなんですけど……
 キッチンは広く、沢山の食材が一面の収納スペースに収まっている。二人の他にまだここに住んでいる人がいるのだろうか。思わず聞いてしまった。

「ここにはお二人以外に誰か住んでいらっしゃるのですか?」

「いいえ~? 何故ですの~?」

「いや、食材が多いな、と」

「そんな事ありませんよ~すぐに無くなりますわ~」

 この量が?
 ちなみにホットケーキは結局通常サイズを十枚焼き上げて彼女一人でぺろりと食べてしまい、その疑問はすぐに解消された。

更新日:2011-06-20 18:00:59

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