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レチタティーヴォ ~台風の目~
あれから三日はあっという間だった。
動けるし、多少の戦闘なら可能だろう。だが竜相手が……やっぱり不安で仕方が無い。
重い気持ちを溜め息で誤魔化して、私は準備をして城へ向かった。
それと、もう一つ気になる事がある。フォウさんが二日前から姿を見せなくなったのだ。
確かに彼は色々な街を旅している人なのだから去る事自体は不思議では無い。けれど一言も言わずに去ってしまうのは少々おかしい。
何かがあったと考えるのが妥当だけれど、一体彼の身に何があったと言うのか。私やエリオットさんじゃあるまいし、彼が問題事を抱えていたという話は全く聞いていない。
城ではいつもの馬車より少し大きめのものが待機していた。荷を持って乗り込むと、今日はポニーテールではなくヘアバンドに近い煌びやかな布で髪を巻いたエリオットさん。
「お待たせしちゃいました?」
「いや、まだ来てない馬鹿がいるから問題無い」
いつも通りヨシュアさんとガウェインは馬車の先頭で手綱を握っていたから……新しい人がまだ来ていないと言う事か。
「追加された人員は私の知っている人ですか?」
「覚えているかどうかは知らないけど、見た事はあるはずだぜ」
とエリオットさんがそこまで言ったところで、私の後ろの馬車の戸が勢い良く開いた。
「お待たせしたッス!!」
ぜぇぜぇと息を切らして現れたのは、茶色の長髪を首ぎりぎりのところで一つに束ねている青年。
黒い名残羽に三白眼、見覚えがあるんだけれど、どこで見たのかまでは思い出せず首を捻る私にエリオットさんが紹介してくれた。
「お前のアシスト役として部隊を急遽転属して来た、ガイア・ヴィドフニルだ。覚えてないか?」
「ヴィドフニル……レイアさんの、弟さん?」
「そうッス! あまり表で仕事してないんで会う事無かったッスけど、一応軍に居るんスよ!」
スが気になるザグザグ、とそんなググらないと分からないようなローカルネタは置いて、敬語が敬語になり切っていない口調の黒装束の青年が元気良く馬車に乗り込んでくる。
「こいつの居場所は本来暗部で、扱う術もそういうものがメインなんだ。多分二人で組めばそう苦戦はしないだろう」
「特技は影縫い! 苦手な物は妹! よろしくッス!!」
軽快な自己紹介を聞いていると、とても暗部の人間とは思えない朗らかさ。彼が差し出してきた手を、ぎゅっと握って握手を交わした。
彼が椅子に座ったのを小窓からヨシュアさんが確認してきて、間もなく馬車は走り出す。ガタガタと音を立てて揺れる車輪に相変わらずお尻が痛いと思いつつ、私はエリオットさんとガイアさんの会話を聞いていた。
「この前また妹が荒ぶってたッスよ、今度は何したんスか王子はー」
「聞かないでくれよ、そこは……」
楽しそうな二人を見ていてようやくガイアさんの事が記憶に蘇ってくる。
そういえば昔に北の滅びた村で出会ったのは彼だ。その時も同じように、位の差を感じつつもどこか仲が良さそうに見えてお友達かな? って考えていたはずである。今もそれを私は感じていて、多分この人選はエリオットさんなんだろうなぁ、と思った。
彼等の会話を流し聞き、私は腰からベルトで下げている長剣を抜いてその刀身を確かめる。先日以来私の手元ではなく城に預けられていたコレだが、また任務に就くという事で私に返却された剣。
竜の口の中で、今まで使っていた剣の代わりに突如現れた不思議な赤い刀身は、血の色のように鈍い赤だった。お城側からは、調べたけれど特に異常の無い、けれどやたらと斬れる剣だ、と報告を受けている。
「何か不気味な色の剣ッスね、それ」
私の手元に気付いたガイアさんがエリオットさんとの会話を切って、こちらに声を掛けてきた。
「そうですね……実際不気味ですよ。何でここにこうして存在しているのかも分からない剣ですから」
「ま、なるようになるさ」
「適当にやってどうにかなるのは王子だけッスからね! 周囲もそれでどうにかなると思わないで欲しいッス!」
全くだ。彼は立場上、大抵の事はどうにかなってきたのだろうけど、こっちはそうもいかない事ばかりだった。ガイアさんの指摘に大きく頷いて、私はフォウさんの事に思考を戻す。
「どこに行っちゃったんでしょう……」
全く見当の付かない、彼の消息。私は嫌な予感を振り払うように目を閉じた。
動けるし、多少の戦闘なら可能だろう。だが竜相手が……やっぱり不安で仕方が無い。
重い気持ちを溜め息で誤魔化して、私は準備をして城へ向かった。
それと、もう一つ気になる事がある。フォウさんが二日前から姿を見せなくなったのだ。
確かに彼は色々な街を旅している人なのだから去る事自体は不思議では無い。けれど一言も言わずに去ってしまうのは少々おかしい。
何かがあったと考えるのが妥当だけれど、一体彼の身に何があったと言うのか。私やエリオットさんじゃあるまいし、彼が問題事を抱えていたという話は全く聞いていない。
城ではいつもの馬車より少し大きめのものが待機していた。荷を持って乗り込むと、今日はポニーテールではなくヘアバンドに近い煌びやかな布で髪を巻いたエリオットさん。
「お待たせしちゃいました?」
「いや、まだ来てない馬鹿がいるから問題無い」
いつも通りヨシュアさんとガウェインは馬車の先頭で手綱を握っていたから……新しい人がまだ来ていないと言う事か。
「追加された人員は私の知っている人ですか?」
「覚えているかどうかは知らないけど、見た事はあるはずだぜ」
とエリオットさんがそこまで言ったところで、私の後ろの馬車の戸が勢い良く開いた。
「お待たせしたッス!!」
ぜぇぜぇと息を切らして現れたのは、茶色の長髪を首ぎりぎりのところで一つに束ねている青年。
黒い名残羽に三白眼、見覚えがあるんだけれど、どこで見たのかまでは思い出せず首を捻る私にエリオットさんが紹介してくれた。
「お前のアシスト役として部隊を急遽転属して来た、ガイア・ヴィドフニルだ。覚えてないか?」
「ヴィドフニル……レイアさんの、弟さん?」
「そうッス! あまり表で仕事してないんで会う事無かったッスけど、一応軍に居るんスよ!」
スが気になるザグザグ、とそんなググらないと分からないようなローカルネタは置いて、敬語が敬語になり切っていない口調の黒装束の青年が元気良く馬車に乗り込んでくる。
「こいつの居場所は本来暗部で、扱う術もそういうものがメインなんだ。多分二人で組めばそう苦戦はしないだろう」
「特技は影縫い! 苦手な物は妹! よろしくッス!!」
軽快な自己紹介を聞いていると、とても暗部の人間とは思えない朗らかさ。彼が差し出してきた手を、ぎゅっと握って握手を交わした。
彼が椅子に座ったのを小窓からヨシュアさんが確認してきて、間もなく馬車は走り出す。ガタガタと音を立てて揺れる車輪に相変わらずお尻が痛いと思いつつ、私はエリオットさんとガイアさんの会話を聞いていた。
「この前また妹が荒ぶってたッスよ、今度は何したんスか王子はー」
「聞かないでくれよ、そこは……」
楽しそうな二人を見ていてようやくガイアさんの事が記憶に蘇ってくる。
そういえば昔に北の滅びた村で出会ったのは彼だ。その時も同じように、位の差を感じつつもどこか仲が良さそうに見えてお友達かな? って考えていたはずである。今もそれを私は感じていて、多分この人選はエリオットさんなんだろうなぁ、と思った。
彼等の会話を流し聞き、私は腰からベルトで下げている長剣を抜いてその刀身を確かめる。先日以来私の手元ではなく城に預けられていたコレだが、また任務に就くという事で私に返却された剣。
竜の口の中で、今まで使っていた剣の代わりに突如現れた不思議な赤い刀身は、血の色のように鈍い赤だった。お城側からは、調べたけれど特に異常の無い、けれどやたらと斬れる剣だ、と報告を受けている。
「何か不気味な色の剣ッスね、それ」
私の手元に気付いたガイアさんがエリオットさんとの会話を切って、こちらに声を掛けてきた。
「そうですね……実際不気味ですよ。何でここにこうして存在しているのかも分からない剣ですから」
「ま、なるようになるさ」
「適当にやってどうにかなるのは王子だけッスからね! 周囲もそれでどうにかなると思わないで欲しいッス!」
全くだ。彼は立場上、大抵の事はどうにかなってきたのだろうけど、こっちはそうもいかない事ばかりだった。ガイアさんの指摘に大きく頷いて、私はフォウさんの事に思考を戻す。
「どこに行っちゃったんでしょう……」
全く見当の付かない、彼の消息。私は嫌な予感を振り払うように目を閉じた。
更新日:2012-10-13 09:34:26