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挿絵 400*400

 エリオットさんは、フォウさんの首根っこを掴んでぶんぶん前後に揺らす。ただ背丈が同じくらいと言う事もあってそこまで持ち上がるわけでもなく、少し首が絞まる程度だったが。

「お前が最初からきちんと思い出していれば話は早かったんじゃねーか!!」

「だだだだって、ほんとにその時は何に対してか分からなかったんだよ!!」

 はぁ、と溜め息吐いてエリオットさんはその手を離した。

「つまり、クリスは自分の異常に対して不安を感じてたんだろ?」

 そう言ってこちらを見る。
 目が合う。
 私は首を傾げた。
 エリオットさんもそれを見て首を傾げた。
 皆、首を傾げた。

「ち、チガウノカ?」

 多分違うと思うので、私は静かに頷く。
 確かにそれも不安と言えば不安だけれど、そこまで思いつめるほど私はそれに対して悩んでいない。あの時私は何に対して恐怖したのだろうか……考えようとすると麻痺する思考。頭痛がしてきて額に汗が滲む。

「やべぇ、分からん」

「だから言ったでしょ! 分からないんだって!」

 感情が出てくると子供みたいな仕草に戻るフォウさんは、明らかに大人の容姿であるにも関わらず、子どものように両手にぎゅっと力を入れてエリオットさんに対して喚いていた。
 エリオットさんは困った顔で顎に手を当てて再度考え込んでいる。

「……お二人とも本気で分からないと仰るのですか~?」

 そこへ私を抱きかかえたままのレフトさんが眉間を寄せつつ口を挟んだ。

「レフトは分かるのか?」

「どう聞いても、嫌われたくないだけのようにしか聞こえませんわ~」

 嫌われたくない。
 ストンと心に落ちる言葉に、私の頭は一瞬空っぽになる。
 そうか、私は嫌われたくないんだ。でも何で嫌われたくないだけでこんな気分になるのだろう。嫌われるのが怖い、どうしてこんなに怖い?

「クリスさんは度々エリオット様に嫌な事を言われる前に自分からその先を言うのを、気付いてらっしゃいますか~?」

「え? その、先?」

「常々気になっておりましたが~、一種の自己防衛反応なのですわ~」

 言わないで。口をぱくぱくさせてレフトさんに訴えかける。彼女はそっと私の頭に手を置いて宥めようとするけれど、今にも噴き出しそうな恐怖という感情の渦が胃を圧迫するようで気分が悪くなってきた。
 何かが頭の中でフラッシュバックする。吐きそうだ。ただ、怖い。嫌われるのが怖い? 嫌われたらどうなる? 嫌われたら……

 育ての親に疎ましく蔑む目で毎日見下ろされてきていたあの頃が怖い。
 力を制御出来なくて、周囲に気持ち悪がられていたあの頃が怖い。
 同じ孤児からも悪魔、と石を投げられていたあの頃が怖い。

 それらは全て変化の力を制御出来ていなかったのが原因だった。忌み嫌われる存在だったあの頃、今またそれに戻るのが……堪らなく怖いのだ。

 恐怖の正体を自覚した私は圧迫感からげほげほと嘔吐き、レフトさんが背中をさすってくれるが、その手を思わず振り払ってしまう。
 こみ上げる吐き気に口元を押さえつつ、思った。これは彼等のせいでは無い、私一人の問題だ。
 私は……未だに過去を克服できていなかったらしい。大丈夫だと思っていたのに、今頃になって出てくるだなんてお笑い草だ。

「クリス、大丈夫か?」

 珍しくエリオットさんが本気で心配しているような声色で話しかけてくる。
 私は静かに頷いて変化を始めた。部屋の中に急に起こる突風と、何も無いはずの背から生えてくる黒い翼に、角、尻尾。
 変化を終えても私はそのままその場に立ち尽くしていた。何をするわけでもなく、ただトラウマの原因である自分の姿を再確認したくて。

「クリスさん~?」

「ど、どうしたの?」

 レフトさんもフォウさんも、少しびっくりした様子でこちらを見ていた。二人にこの姿を見せるのは初めてのはずだからだろう、圧倒されていて少し後ずさっている。
 耐えろ、これが普通の反応なのだから。怖くてもきっと二人は私を嫌ったりなどしないと信じろ。そう自分に言い聞かせる。この視線に耐えれるくらい強くなれ、と。

「おいクリス」

 そこへぶっきら棒に名前を呼ばれた。勿論エリオットさんだ。
 感情を押し殺した目を彼の方に向けると、彼は呆れ顔で言う。

「何を思って変化したのかは知らんが、また服が破けたぞ」

 通常運転のツッコミが、そこに入った。

更新日:2012-10-05 14:15:40

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