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古傷 ~失いたくないもの~
そしてへたり込んだままの私をフォウさんが抱きかかえて運んでくれる。すぐに私の部屋につくと、彼の手によって私はベッドに腰掛けさせられた。
「クリス、俺の言葉分かる?」
ようやく彼の言っている意味が頭まで伝わってきたので私はそれに返答しようとする。
「…………」
分かります、と答えたつもりの口は動くだけで音を発しない。私は自分で自分に驚いて目を見開いた。普段通り喋ろうとしているのに……声が出ない。手が震えてくる。
フォウさんも私を見てわなわなと体を震わせた。
「こんなつもりじゃなかったんだ……クリスが自分で気付いていないだなんて、思ってなかったんだ……」
彼が泣きそうな顔で言うから、私は今自分の身に起こっている事に対して更に不安を掻き立てられる。釣られてこちらも潤んでしまいそうなくらい、フォウさんの青褐の瞳は薄らと滲んでいた。
「とりあえず先生呼んでくるから!」
そう言って出て行ってしまうフォウさん。声を出せないかと試してみるけれど何故かやはり出なかった。今は特に何も考えていないのに、何かが心の中でもやもやと渦巻いて酷く落ち着かない。考えようとすると気持ち悪い。
怖い。
何が怖い?
何だったっけ。
そんなところにライトさんとレフトさんが、フォウさんに連れられて部屋に入ってきた。ライトさんはいつも通りの無表情だけれど、レフトさんは私を心配そうに見つめている。
「大丈夫ですの~?」
答えられないのでコクンと頷いてそれを返事の代わりとした。自分でも何が何だか分からないけれど、別に声が出ない以外は問題ないのだから。
「大丈夫じゃなさそうですわ~」
おろおろとレフトさんが室内を落ち着き無く歩き回り始める。
「クリス、声が出ないのか? イエスなら右手を上げろ。ノーは左手だ」
ライトさんが冷静に質問と指示をしてきたので、私は右手を上げる。
「何故声が出ないのか心当たりはあるか?」
……無い、と答えるならばノーだろうか。左手を上げる。
私の上げた手を見て、困り果てる一同。
「クリスに怯えの色が見えたんだ。だからどうして怖がっているのか聞いたんだけど、そしたら一瞬何かを思い出したような顔をして……」
「心的外傷でも掘り下げたか」
「……ごめん」
ライトさんが首を横に振って目を閉じた。
「俺は専門外だ。視えるお前の方が得意なんじゃないのか?」
「俺視えるだけなんだよ。それに今は色も普段通りに戻ってるし、悩んでいる様子ってのが見当たらないんだ」
確かに今私は特に悩んでなどいない。そして、さっきまで一体何を怖がっていたのかもよく分からないのだ。
「本人も分からない原因を探るってのは専門家でも難しいだろうな……ましてやクリスの過去を知る人間もいない。その原因が最近のものである事を祈るだけだ」
それだけ言ってライトさんはさっさと部屋を出ていってしまう。フォウさんとレフトさんはその後姿を見送ってから二人で顔を見合わせて深く息を吐いた。
急に声を失ってしまった私は、勿論何も言う事が出来ずに二人の様子を伺うだけである。一体どうしたらいいのだろう。
「一時的なものだといいですわね~」
とりあえずそれに頷いてみると、レフトさんは強張っていたその表情を少し和らげて白い三つ編みを揺らしながらこちらに笑いかけてくれた。
「俺……ちょっと出かけてくる」
「あらあらどうしたんですの~?」
フォウさんがあまりに辛そうな顔で言うのでレフトさんが問いかける。私も心配になって彼に視線をやると、その目とぱっちり合った。
「悪化したら、ごめん」
真顔で何を言っているんだフォウさんは。
この事態を悪化させる気なのか、と思わず取り乱し彼を止めようとベッドから立ち上がるが、力の入らない体がそれを拒否して足をよろめかせる。
「危ないですわ~」
咄嗟に支えてくれたレフトさんの手を借りてベッドに座り直した時には、もう彼の姿は無かった。
「今夜もエリオット様が訪ねて来られそうですわね~」
のほほんと一言。
何故ですか? と聞きたいけれど声が出ないので彼女に視線だけでその疑問を訴えかける。
が、視線に気付いているはずの彼女はにっこりと笑って私の頭を優しく撫でるだけだった。
「クリス、俺の言葉分かる?」
ようやく彼の言っている意味が頭まで伝わってきたので私はそれに返答しようとする。
「…………」
分かります、と答えたつもりの口は動くだけで音を発しない。私は自分で自分に驚いて目を見開いた。普段通り喋ろうとしているのに……声が出ない。手が震えてくる。
フォウさんも私を見てわなわなと体を震わせた。
「こんなつもりじゃなかったんだ……クリスが自分で気付いていないだなんて、思ってなかったんだ……」
彼が泣きそうな顔で言うから、私は今自分の身に起こっている事に対して更に不安を掻き立てられる。釣られてこちらも潤んでしまいそうなくらい、フォウさんの青褐の瞳は薄らと滲んでいた。
「とりあえず先生呼んでくるから!」
そう言って出て行ってしまうフォウさん。声を出せないかと試してみるけれど何故かやはり出なかった。今は特に何も考えていないのに、何かが心の中でもやもやと渦巻いて酷く落ち着かない。考えようとすると気持ち悪い。
怖い。
何が怖い?
何だったっけ。
そんなところにライトさんとレフトさんが、フォウさんに連れられて部屋に入ってきた。ライトさんはいつも通りの無表情だけれど、レフトさんは私を心配そうに見つめている。
「大丈夫ですの~?」
答えられないのでコクンと頷いてそれを返事の代わりとした。自分でも何が何だか分からないけれど、別に声が出ない以外は問題ないのだから。
「大丈夫じゃなさそうですわ~」
おろおろとレフトさんが室内を落ち着き無く歩き回り始める。
「クリス、声が出ないのか? イエスなら右手を上げろ。ノーは左手だ」
ライトさんが冷静に質問と指示をしてきたので、私は右手を上げる。
「何故声が出ないのか心当たりはあるか?」
……無い、と答えるならばノーだろうか。左手を上げる。
私の上げた手を見て、困り果てる一同。
「クリスに怯えの色が見えたんだ。だからどうして怖がっているのか聞いたんだけど、そしたら一瞬何かを思い出したような顔をして……」
「心的外傷でも掘り下げたか」
「……ごめん」
ライトさんが首を横に振って目を閉じた。
「俺は専門外だ。視えるお前の方が得意なんじゃないのか?」
「俺視えるだけなんだよ。それに今は色も普段通りに戻ってるし、悩んでいる様子ってのが見当たらないんだ」
確かに今私は特に悩んでなどいない。そして、さっきまで一体何を怖がっていたのかもよく分からないのだ。
「本人も分からない原因を探るってのは専門家でも難しいだろうな……ましてやクリスの過去を知る人間もいない。その原因が最近のものである事を祈るだけだ」
それだけ言ってライトさんはさっさと部屋を出ていってしまう。フォウさんとレフトさんはその後姿を見送ってから二人で顔を見合わせて深く息を吐いた。
急に声を失ってしまった私は、勿論何も言う事が出来ずに二人の様子を伺うだけである。一体どうしたらいいのだろう。
「一時的なものだといいですわね~」
とりあえずそれに頷いてみると、レフトさんは強張っていたその表情を少し和らげて白い三つ編みを揺らしながらこちらに笑いかけてくれた。
「俺……ちょっと出かけてくる」
「あらあらどうしたんですの~?」
フォウさんがあまりに辛そうな顔で言うのでレフトさんが問いかける。私も心配になって彼に視線をやると、その目とぱっちり合った。
「悪化したら、ごめん」
真顔で何を言っているんだフォウさんは。
この事態を悪化させる気なのか、と思わず取り乱し彼を止めようとベッドから立ち上がるが、力の入らない体がそれを拒否して足をよろめかせる。
「危ないですわ~」
咄嗟に支えてくれたレフトさんの手を借りてベッドに座り直した時には、もう彼の姿は無かった。
「今夜もエリオット様が訪ねて来られそうですわね~」
のほほんと一言。
何故ですか? と聞きたいけれど声が出ないので彼女に視線だけでその疑問を訴えかける。
が、視線に気付いているはずの彼女はにっこりと笑って私の頭を優しく撫でるだけだった。
更新日:2012-10-05 14:04:40