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やがてレフトさんが起きて朝食の準備をし、それが出来上がる頃にライトさんが起きてくる。フォウさんの事以外はいつも通りの朝。
私の療養や東の一件で今回の王都滞在は長引いていた。やっぱりここの生活も悪くないな、と思いながら今日も私は洗濯物を洗って干している。
「んー、今日も晴天」
そろそろ雨が降ってくれないと水不足になるのでは、と思うくらい快晴。傷も癒えた方だが、もし東でまた竜と戦闘になるかも知れない事を考えると、エリオットさんがお見合いを決めるくらいまではやはり休んだ方がいいだろう。
顔には出さずにいたけれど、やっぱり彼がお見合い……というよりは結婚する、と言うのが私はちょっと嫌らしい。昨日のお城での一件ではそこまで嫉妬らしいものを感じなかったけれど、にも関わらず彼のお見合いを私が嫌だと思う理由は、
「姉さんが居ればなぁ」
多分、そう。彼が結婚してしまうと、姉さんが本当に過去の人になってしまうようで嫌なのだ。
姉さん以外の人が彼の隣に居る、と考えるのも嫌だ。大人の姉さんを知らない私は、彼が姉さんを追うのを見ながらその姿を通して姉を心に映している。
そんな考えを振り払うように、タオルの皺を伸ばそうとパンッと引っ張った。すると力を入れ過ぎてしまってタオルはまるでちり紙のように容易く破れる。
「またやっちゃった……」
私の力は、歳月と共に成長していた。体は全然なのに、身体能力だけはどんどん上がって……というよりは、変化時の力が普段の体にも漏れ出している、そんな気がする。それに変化時の力も昔より強くなっているとも思う。
破けたタオルを顔に押し付けて、私は苦悩に歪んだ顔を隠した。
いつかこの力で、そのつもりが無くとも誰かを間違って傷つけてしまうかも知れない。それくらいコントロールが出来なくなっている。手に余る力は、戦闘に身を置く以外に使い道が無い。
エリオットさんが婚約して結婚したら、今度は私はどこに身を置けばいいのだろう。姉さんも居場所も、全部いっぺんに失ってしまうのではないか。
「軍って、どうやって入隊するんだろう?」
あそこならばレイアさんも居るし新しい居場所に出来るかも知れない、と顔に押し当てていたタオルを取って空を見上げて呟いた。
「軍に入りたいの?」
急に声を掛けられてびっくりした私はその声の方向へ振り返る。病院の裏口のドアのところで、フォウさんが腰掛けていた。
「い、いつから居たんです?」
「タオルを破いてたところは見たよ」
「うわぁ」
そこを一番見られたくなかった。洗濯物もろくに出来ないと思われてしまう。
「昔からああやって破いちゃうくらいの力があったの?」
「いえ……どちらかと言えばこの数年で……」
「ふぅん」
フォウさんは頬杖をつきながらこちらをじっと見ていた。今朝の事はもう気にしていないように見えて、とりあえず私はそれに安堵する。
「王子様や先生はそれ知ってる?」
「元々力は強い方なので多分見ても笑うだけで気に留めないんじゃないかと……だんだん加減が効かなくなってる事は、伝えていません」
「そっか」
渋い顔をして、それっきり黙ってしまう彼。私は手早く残りの洗濯物を干し終えて空になったかごを持った。
フォウさんがそこをどいてくれないと院内に入れないんだけどな、と思いつつも、どいてくださいとは言いにくい空気が流れている。清々しい午前の空の下に似つかわしくない彼の重たい表情。
「やっぱりこんな馬鹿力、気持ち悪いですよね」
自虐する私にフォウさんが言う。
「クリスってほんと人の気持ち読むの下手だよね……」
そして呆れ顔で溜め息を吐いた。
「何をそんなに怖がっているの?」
「怖がって……?」
怖い? 怖い。そうだ、私は怖い。
でも、何が怖い?
「う……」
膝を崩してその場にへたりと私は座り込んだ。
「クリス?」
彼の声が遠くでぼんやりと聞こえる。
「……っ、……!」
私の肩を揺すってフォウさんが何かを言っていたが、耳には届いているはずなのに頭で理解が出来ない。
ただ、凄く…………怖い。
【第二部第四章 決闘 ~愛は強くして死の如く~ 完】
私の療養や東の一件で今回の王都滞在は長引いていた。やっぱりここの生活も悪くないな、と思いながら今日も私は洗濯物を洗って干している。
「んー、今日も晴天」
そろそろ雨が降ってくれないと水不足になるのでは、と思うくらい快晴。傷も癒えた方だが、もし東でまた竜と戦闘になるかも知れない事を考えると、エリオットさんがお見合いを決めるくらいまではやはり休んだ方がいいだろう。
顔には出さずにいたけれど、やっぱり彼がお見合い……というよりは結婚する、と言うのが私はちょっと嫌らしい。昨日のお城での一件ではそこまで嫉妬らしいものを感じなかったけれど、にも関わらず彼のお見合いを私が嫌だと思う理由は、
「姉さんが居ればなぁ」
多分、そう。彼が結婚してしまうと、姉さんが本当に過去の人になってしまうようで嫌なのだ。
姉さん以外の人が彼の隣に居る、と考えるのも嫌だ。大人の姉さんを知らない私は、彼が姉さんを追うのを見ながらその姿を通して姉を心に映している。
そんな考えを振り払うように、タオルの皺を伸ばそうとパンッと引っ張った。すると力を入れ過ぎてしまってタオルはまるでちり紙のように容易く破れる。
「またやっちゃった……」
私の力は、歳月と共に成長していた。体は全然なのに、身体能力だけはどんどん上がって……というよりは、変化時の力が普段の体にも漏れ出している、そんな気がする。それに変化時の力も昔より強くなっているとも思う。
破けたタオルを顔に押し付けて、私は苦悩に歪んだ顔を隠した。
いつかこの力で、そのつもりが無くとも誰かを間違って傷つけてしまうかも知れない。それくらいコントロールが出来なくなっている。手に余る力は、戦闘に身を置く以外に使い道が無い。
エリオットさんが婚約して結婚したら、今度は私はどこに身を置けばいいのだろう。姉さんも居場所も、全部いっぺんに失ってしまうのではないか。
「軍って、どうやって入隊するんだろう?」
あそこならばレイアさんも居るし新しい居場所に出来るかも知れない、と顔に押し当てていたタオルを取って空を見上げて呟いた。
「軍に入りたいの?」
急に声を掛けられてびっくりした私はその声の方向へ振り返る。病院の裏口のドアのところで、フォウさんが腰掛けていた。
「い、いつから居たんです?」
「タオルを破いてたところは見たよ」
「うわぁ」
そこを一番見られたくなかった。洗濯物もろくに出来ないと思われてしまう。
「昔からああやって破いちゃうくらいの力があったの?」
「いえ……どちらかと言えばこの数年で……」
「ふぅん」
フォウさんは頬杖をつきながらこちらをじっと見ていた。今朝の事はもう気にしていないように見えて、とりあえず私はそれに安堵する。
「王子様や先生はそれ知ってる?」
「元々力は強い方なので多分見ても笑うだけで気に留めないんじゃないかと……だんだん加減が効かなくなってる事は、伝えていません」
「そっか」
渋い顔をして、それっきり黙ってしまう彼。私は手早く残りの洗濯物を干し終えて空になったかごを持った。
フォウさんがそこをどいてくれないと院内に入れないんだけどな、と思いつつも、どいてくださいとは言いにくい空気が流れている。清々しい午前の空の下に似つかわしくない彼の重たい表情。
「やっぱりこんな馬鹿力、気持ち悪いですよね」
自虐する私にフォウさんが言う。
「クリスってほんと人の気持ち読むの下手だよね……」
そして呆れ顔で溜め息を吐いた。
「何をそんなに怖がっているの?」
「怖がって……?」
怖い? 怖い。そうだ、私は怖い。
でも、何が怖い?
「う……」
膝を崩してその場にへたりと私は座り込んだ。
「クリス?」
彼の声が遠くでぼんやりと聞こえる。
「……っ、……!」
私の肩を揺すってフォウさんが何かを言っていたが、耳には届いているはずなのに頭で理解が出来ない。
ただ、凄く…………怖い。
【第二部第四章 決闘 ~愛は強くして死の如く~ 完】
更新日:2012-10-02 10:03:23