- 168 / 565 ページ
クリス達と別れた後、解けていた髪を縛り直してから俺はなるべく人目を避けつつ自分の部屋に戻っていた。
無論どうしても途中で姿を人に見られてしまい、俺の腫れた顔か、それともぐったりしているレイアか、どちらを見て思ったのかは定かではないが皆驚きの表情をこちらに向ける。
痣は今から治せばいいが、見られてしまったものが大臣やらの耳に届いては色々と面倒だ。俺の顔を誰が殴ったのか犯人探しなどされてしまったら、レイアの事だ、名乗り出るに決まっている。
とりあえず部屋の鍵を閉めてベッドにレイアを寝かせると、床にチョークで陣を描いて傷の治療をしようと魔術を発動させた。魔術ではなくレクチェのように魔力で治す事も出来るのだが、そっちは難しいので結局普段は魔術を使っている。
ある程度傷が回復したのを確認してから、すぐに陣を消してコレで証拠隠滅完了。
「はぁ……」
一つの過ちがここまで大きくなろうとは。溜め息も出るってもんだ。
「うぅ」
ようやく意識を取り戻したレイアが、後頭部を擦りながら起き上がる。
「お目覚めか、罪人さんよ」
「お、王子!」
自分の置かれている状況に気付いたのだろう、レイアは驚いて一瞬逃げようとするがそれもすぐに諦めてまたベッドに腰掛けた。
「俺なぁ、まだローズの事忘れられないから結婚は嫌なんだ」
「……知っています」
「でも何つーの、たまにはそういう事したい時ってのもあるじゃないか」
どうにかレイアに分かって貰おうと、俺は優しく優しーく訴えかける作戦に出る。
「……たまに、と言うには頻度が高すぎやしませんか」
「城に戻って来るのなんか月一だけで、それも滞在は大体一週間だろ? 高くないって」
そう、高くない。出先では警護の名の下にクリスが四六時中見張っているのだから、帰ってきた時くらい羽を伸ばしたいのだ。女の人のやーらかい体にもふもふしたいのだ。
驚くほど覇気の無いレイアに少し不安になりながらも、出来る限りの笑顔を作って笑いかけて場を和まそうとする。
「だったら……」
深く俯いたまま、レイアは何やら妥協案があるような前置きをしてきた。
「だったら?」
どこまで許してくれるのだろう、とドキドキしながらその続きを待つ。
「私でしてください……他の女性とそういう事をして欲しくないのです」
ドキドキを通り越して体が石になるかと思うくらい固まった。
別に内容に驚いているわけじゃない。レイアが俺に敬愛以上の感情を抱いている事くらいは分かっていた。けれど、彼女がそれを口にしたという事実に驚く。立場を重んじて、きっと一生伝えてくる事は無いだろうと思っていたから。
俺も答える事無く終わるだろうと考えていただけに、彼女に言うべき言葉がすぐに見つからない。
「む、無理だ」
辛うじて絞り出される、拒絶の言葉。
「好みでは無いからですか?」
「そういう問題じゃなくて……」
と言うかコイツは自分が俺の好みじゃないとでも思っているのか。いつ誰がそんな事を言ったのか聞きたいくらいだ。そりゃまぁ色気が足りないなぁとは思うけれど、そんなの絶対処女に決まってるコイツが持ってたら逆にびっくりする。
一言目からバッサリ切ってしまったのが拙かったのだろう。俯いたままぽたぽたと彼女の膝に落ちる滴。
「本気の相手と遊べるほど、図太い神経してないっつーんだよ……」
二十年間あーだこーだと言い合って喧嘩して、気持ちのずれが生じつつもどうにか保ってきた関係が簡単に壊れた瞬間だった。
黙っておけばいいものを口にしたレイアと、全く気遣わずにそれをさせるまで追い詰めた俺。もはや修復の効かない状況に、どうすれば最善を取れるのかどれだけ頭を捻っても思いつかない。
「諦められるくらい嫌な人で居てくれればいいのに、変なところで情を掛けて優しくしてくる……」
「何?」
レイアはそう呟いた後に立ち上がって、腰に携えていた長剣を抜く。
「王子も剣をお取りください。今から本気で行きます」
「はぁ!?」
「私が負けたら王子の命令に従いましょう。私情を挟むなと命じて軍に残すもよし、牢にぶち込むもよし。私が勝ったら……縁談相手と結婚を決めてください」
無論どうしても途中で姿を人に見られてしまい、俺の腫れた顔か、それともぐったりしているレイアか、どちらを見て思ったのかは定かではないが皆驚きの表情をこちらに向ける。
痣は今から治せばいいが、見られてしまったものが大臣やらの耳に届いては色々と面倒だ。俺の顔を誰が殴ったのか犯人探しなどされてしまったら、レイアの事だ、名乗り出るに決まっている。
とりあえず部屋の鍵を閉めてベッドにレイアを寝かせると、床にチョークで陣を描いて傷の治療をしようと魔術を発動させた。魔術ではなくレクチェのように魔力で治す事も出来るのだが、そっちは難しいので結局普段は魔術を使っている。
ある程度傷が回復したのを確認してから、すぐに陣を消してコレで証拠隠滅完了。
「はぁ……」
一つの過ちがここまで大きくなろうとは。溜め息も出るってもんだ。
「うぅ」
ようやく意識を取り戻したレイアが、後頭部を擦りながら起き上がる。
「お目覚めか、罪人さんよ」
「お、王子!」
自分の置かれている状況に気付いたのだろう、レイアは驚いて一瞬逃げようとするがそれもすぐに諦めてまたベッドに腰掛けた。
「俺なぁ、まだローズの事忘れられないから結婚は嫌なんだ」
「……知っています」
「でも何つーの、たまにはそういう事したい時ってのもあるじゃないか」
どうにかレイアに分かって貰おうと、俺は優しく優しーく訴えかける作戦に出る。
「……たまに、と言うには頻度が高すぎやしませんか」
「城に戻って来るのなんか月一だけで、それも滞在は大体一週間だろ? 高くないって」
そう、高くない。出先では警護の名の下にクリスが四六時中見張っているのだから、帰ってきた時くらい羽を伸ばしたいのだ。女の人のやーらかい体にもふもふしたいのだ。
驚くほど覇気の無いレイアに少し不安になりながらも、出来る限りの笑顔を作って笑いかけて場を和まそうとする。
「だったら……」
深く俯いたまま、レイアは何やら妥協案があるような前置きをしてきた。
「だったら?」
どこまで許してくれるのだろう、とドキドキしながらその続きを待つ。
「私でしてください……他の女性とそういう事をして欲しくないのです」
ドキドキを通り越して体が石になるかと思うくらい固まった。
別に内容に驚いているわけじゃない。レイアが俺に敬愛以上の感情を抱いている事くらいは分かっていた。けれど、彼女がそれを口にしたという事実に驚く。立場を重んじて、きっと一生伝えてくる事は無いだろうと思っていたから。
俺も答える事無く終わるだろうと考えていただけに、彼女に言うべき言葉がすぐに見つからない。
「む、無理だ」
辛うじて絞り出される、拒絶の言葉。
「好みでは無いからですか?」
「そういう問題じゃなくて……」
と言うかコイツは自分が俺の好みじゃないとでも思っているのか。いつ誰がそんな事を言ったのか聞きたいくらいだ。そりゃまぁ色気が足りないなぁとは思うけれど、そんなの絶対処女に決まってるコイツが持ってたら逆にびっくりする。
一言目からバッサリ切ってしまったのが拙かったのだろう。俯いたままぽたぽたと彼女の膝に落ちる滴。
「本気の相手と遊べるほど、図太い神経してないっつーんだよ……」
二十年間あーだこーだと言い合って喧嘩して、気持ちのずれが生じつつもどうにか保ってきた関係が簡単に壊れた瞬間だった。
黙っておけばいいものを口にしたレイアと、全く気遣わずにそれをさせるまで追い詰めた俺。もはや修復の効かない状況に、どうすれば最善を取れるのかどれだけ頭を捻っても思いつかない。
「諦められるくらい嫌な人で居てくれればいいのに、変なところで情を掛けて優しくしてくる……」
「何?」
レイアはそう呟いた後に立ち上がって、腰に携えていた長剣を抜く。
「王子も剣をお取りください。今から本気で行きます」
「はぁ!?」
「私が負けたら王子の命令に従いましょう。私情を挟むなと命じて軍に残すもよし、牢にぶち込むもよし。私が勝ったら……縁談相手と結婚を決めてください」
更新日:2012-10-02 09:38:46