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腕の中の彼女はとても静かで、顔さえ見なければ泣いているかどうかなんて気付けそうにない。
どうしてレイアさんが泣いているのか、何となく分かるようで……何となく分からなかった。だから、何も言えなくて。
捕まえていた腕の力を緩め、しばらく彼女をそっと抱きしめる形を取り、私達は階段にどちらからともなく座り込む。
「……嘘を吐き続けるのは辛いな」
「嘘?」
レイアさんの小さな小さな呟きは、独りごちるように響いた。何が嘘なのか分からなくて私が復唱して問うと、短い一言が返ってくる。
「あぁ、気持ちに、ね」
レイアさんがエリオットさんを好きな事は、以前の一言多い事件によって私は知っている。
「それは、気持ちを彼に隠しているのが辛いって意味ですか?」
私の言葉に彼女は小さく首を横に振った。
「ちょっと違う、かな。あの人は気付いているだろうから」
「えっ」
気付いている、って言うのはレイアさんの想いの事を言っていると思う……多分。いまいち確証が持てないのは私がそういう面に疎いからで。
塔を下から上へ吹き上げる微弱な風に涙の痕を乾かさせながら、彼女の唇は次の言葉を紡ぐ。
「王子が城内の娘達に勝手に手を出すのは確かに色々不都合があるんだけれど、別に私にとってはそんな事はどうでもいいのさ」
「…………」
あぁ、そうか。
「嫉妬による怒りをそれと言わず、他の理由に託けて叱咤する自分が嫌なのだよ」
彼女は、自分の行動理由に嘘を吐いているのが辛かったんだ。多分日常茶飯事と思われる先程の出来事に、建前を上塗りする事が。
「それに今回は私に近しい者に手を出されて、正直メイド達に手を出されるよりも堪えたんだ」
「先程の女性は部下だと仰ってましたね」
「あぁ。彼の好みのタイプだとは思っていたが、彼女の性格上間違いが起こると思えなくて警戒していなかった」
「ああいうタイプがエリオットさんの好みなんです?」
姉さんとは随分見た目が違うと思うけれど……
「あくまで過去の例でしかないが、彼は芯が強そうで色気もきちんとあって出る所が出ている女性によくちょっかいを出すね」
「ぐはぁ」
そんな人物像が出来上がるほどちょっかいを出しているのか。一体どれほどの数により統計されているのか、気になるけど聞きたくない。
うーん、レイアさんも芯は強そうだし胸も結構大きいけれど、その項目の中でなら色気が無い。格好よくて美人さんだけど、女性っぽい表情や仕草は彼女には感じられなかった。
「もう疲れたんだ。近くに居るくらいなら牢にでもぶち込まれたほうが幾分もマシと言うものだよ……」
彼女の泣き言に私は、思った事をそのまま言ってやる。
「逃げないって言ったのに、逃げるんですか?」
レイアさんはただ押し黙る。
これ以上辛い思いをする必要は無いかも知れない。けれど、初めて会ったあの時……あんなに素敵な人に見えた彼女がそんな風に弱音を吐くのを私は受け止められなかったのだ。彼女に強くあってほしいと勝手な事を思ってしまったから。
するとそこに上から足音が聞こえた。随分硬い足音で、それが多分高めのヒールによるものだと分かる。上を振り向くと先程の黒髪の女性がゆっくり階段を下りて来ていた。
レイアさんは彼女に泣き顔を見られまいとするように壁側を向く。部下の女性はそれを一瞥すらする事無くそのまま通り過ぎながら言った。
「今回は私から誘いました。しかし特別な感情はありません。薬も飲んでおきます」
最初に奥の部屋から出てきた時と同じように淡々と話して、ピタリと少しこちらよりも低い位置で止まると、
「……出来るなら、貴女だけには知られずに済ませたかった。申し訳ございません」
最後にそれだけ言って彼女は去っていく。意図は不明だが、何やら理由があったように思える今回の出来事。
不思議な雰囲気の人だなぁ、とその背中を見送って……もしかしてこんな事態になったのは私達がこんなタイミングで訪ねて来ちゃったせい? と申し訳ない気持ちになる私。
そして……
レイアさんを見ながら私は自分の気持ちがまだ恋と呼ぶには早すぎるものだと自覚した。
だって私は、そういう行為をするエリオットさんを恥知らずだと軽蔑はすれど、レイアさんのように嫉妬などしていないのだから。
恋だの愛だのを面倒臭いと言えるほど、まだそれらを何も分かっちゃいなかった。
【第二部第三章 嫉妬 ~堅くして陰府にひとし~ 完】
どうしてレイアさんが泣いているのか、何となく分かるようで……何となく分からなかった。だから、何も言えなくて。
捕まえていた腕の力を緩め、しばらく彼女をそっと抱きしめる形を取り、私達は階段にどちらからともなく座り込む。
「……嘘を吐き続けるのは辛いな」
「嘘?」
レイアさんの小さな小さな呟きは、独りごちるように響いた。何が嘘なのか分からなくて私が復唱して問うと、短い一言が返ってくる。
「あぁ、気持ちに、ね」
レイアさんがエリオットさんを好きな事は、以前の一言多い事件によって私は知っている。
「それは、気持ちを彼に隠しているのが辛いって意味ですか?」
私の言葉に彼女は小さく首を横に振った。
「ちょっと違う、かな。あの人は気付いているだろうから」
「えっ」
気付いている、って言うのはレイアさんの想いの事を言っていると思う……多分。いまいち確証が持てないのは私がそういう面に疎いからで。
塔を下から上へ吹き上げる微弱な風に涙の痕を乾かさせながら、彼女の唇は次の言葉を紡ぐ。
「王子が城内の娘達に勝手に手を出すのは確かに色々不都合があるんだけれど、別に私にとってはそんな事はどうでもいいのさ」
「…………」
あぁ、そうか。
「嫉妬による怒りをそれと言わず、他の理由に託けて叱咤する自分が嫌なのだよ」
彼女は、自分の行動理由に嘘を吐いているのが辛かったんだ。多分日常茶飯事と思われる先程の出来事に、建前を上塗りする事が。
「それに今回は私に近しい者に手を出されて、正直メイド達に手を出されるよりも堪えたんだ」
「先程の女性は部下だと仰ってましたね」
「あぁ。彼の好みのタイプだとは思っていたが、彼女の性格上間違いが起こると思えなくて警戒していなかった」
「ああいうタイプがエリオットさんの好みなんです?」
姉さんとは随分見た目が違うと思うけれど……
「あくまで過去の例でしかないが、彼は芯が強そうで色気もきちんとあって出る所が出ている女性によくちょっかいを出すね」
「ぐはぁ」
そんな人物像が出来上がるほどちょっかいを出しているのか。一体どれほどの数により統計されているのか、気になるけど聞きたくない。
うーん、レイアさんも芯は強そうだし胸も結構大きいけれど、その項目の中でなら色気が無い。格好よくて美人さんだけど、女性っぽい表情や仕草は彼女には感じられなかった。
「もう疲れたんだ。近くに居るくらいなら牢にでもぶち込まれたほうが幾分もマシと言うものだよ……」
彼女の泣き言に私は、思った事をそのまま言ってやる。
「逃げないって言ったのに、逃げるんですか?」
レイアさんはただ押し黙る。
これ以上辛い思いをする必要は無いかも知れない。けれど、初めて会ったあの時……あんなに素敵な人に見えた彼女がそんな風に弱音を吐くのを私は受け止められなかったのだ。彼女に強くあってほしいと勝手な事を思ってしまったから。
するとそこに上から足音が聞こえた。随分硬い足音で、それが多分高めのヒールによるものだと分かる。上を振り向くと先程の黒髪の女性がゆっくり階段を下りて来ていた。
レイアさんは彼女に泣き顔を見られまいとするように壁側を向く。部下の女性はそれを一瞥すらする事無くそのまま通り過ぎながら言った。
「今回は私から誘いました。しかし特別な感情はありません。薬も飲んでおきます」
最初に奥の部屋から出てきた時と同じように淡々と話して、ピタリと少しこちらよりも低い位置で止まると、
「……出来るなら、貴女だけには知られずに済ませたかった。申し訳ございません」
最後にそれだけ言って彼女は去っていく。意図は不明だが、何やら理由があったように思える今回の出来事。
不思議な雰囲気の人だなぁ、とその背中を見送って……もしかしてこんな事態になったのは私達がこんなタイミングで訪ねて来ちゃったせい? と申し訳ない気持ちになる私。
そして……
レイアさんを見ながら私は自分の気持ちがまだ恋と呼ぶには早すぎるものだと自覚した。
だって私は、そういう行為をするエリオットさんを恥知らずだと軽蔑はすれど、レイアさんのように嫉妬などしていないのだから。
恋だの愛だのを面倒臭いと言えるほど、まだそれらを何も分かっちゃいなかった。
【第二部第三章 嫉妬 ~堅くして陰府にひとし~ 完】
更新日:2012-09-27 00:12:09