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「さ、だんまりもこのくらいにしておいて、早く教えてください」
レイアさんがにっこりとエリオットさんに笑いかけた。いや、補足しておく。その笑顔はとても怖い。
それでも口を閉ざしたままのエリオットさん。しばし無言の対峙が続くが、その空気に一人の女性が割って入ってくる。
エリオットさんよりも奥に見えるもう一つのドアが、ギィ、と静かな音を立てて開いた。その音にビクリと体を震わせて、彼は慌てて後ろに振り向く。
「ちょ、何で出て……」
エリオットさんの言葉を遮るように、本棚で埋め尽くされた部屋の更に向こうから現れたのは、短い黒髪の女性だった。
身長はレイアさんより少し高いくらいで、黒いワイシャツに白いパンツルックのスレンダーな体型。少なくとも私の知らない人である。
涼しげな目元が何となくルフィーナさんを思い出させるが、ルフィーナさんよりはもう少しつり目で黒い瞳。
彼女はエリオットさんを見て静かに首を横に振った。諦めろ、と言うように。
「クラッサ……何で?」
当然と言えば当然だが、レイアさんはこの女性を知っているらしい。ただ、その台詞からすると予想外の人物だったようで、その表情と声は驚愕の色を隠せていなかった。
「戯れに過ぎません、ご安心ください」
淡々と話す、クラッサと呼ばれた女性。
エリオットさんは罰が悪そうにその光景から目を背けている。
と、
「――――もう我慢の限界だッッ!!!!!」
天に向かって叫ぶ、黒い名残羽の鳥人。そして書室に勢いよく右足を踏み入れた。
入ってはいけないはずのその部屋へそのまま体も入れて、彼女はあれから尻餅を着いたまま立ち上がっていないエリオットさんの襟首を左手でぐいっと掴んで無理やり立ち上がらせる。
「れ、レイア?」
両手の平を向けて上げて、降参のポーズ。そんな怯える彼に一喝。
「歯ぁ食い縛れッッ!!!!!」
エリオットさんの左頬に、彼女の右ストレートがゴキッと鈍い音を立ててめり込んだ。軍人であり、准将という地位の彼女が、その国の王子を殴った大変爽快な瞬間。
私もフォウさんも、そしてクラッサと言うらしい女性も、見たものを信じられずに開いた口が塞がらなかった。
「そりゃ言えないわけだ、私の部下に手を出したなんて言ったら普段以上に怒られる、そう思ったんだろう馬鹿男!!」
「うう……す、すまな……」
「悪いと思うなら最初からやるな!!」
謝ろうとする彼に間髪入れず、腹に膝蹴りをお見舞いする。アクション映画さながらに、彼女の茶色いポニーテールの揺れがスローモーションで見えた。腹部を押さえて呻く王子に、そのまま右肘で後頭部にエルボー。
スリーコンボ。彼はずるりと床に倒れこんだ。
「じゅ、准将……」
流石の事態に、無表情だった黒髪の女性もたじろいでいる。しかしその声掛けにレイアさんは答える事無く、また天井に向かって叫ぶ。
「手順を踏まずに機密書室へ侵入及び王族への暴行!! 罪にでも何でも問え!! 私は逃げん!!」
……半ば自棄になっているように私には見えた。叫ぶだけ叫ぶと彼女は俯きながらツカツカと書室を出てきて、そのまま階段を下りて行ってしまう。
呆然とそれを見送る私達だったが、エリオットさんがゆっくりと顔だけ上げて私に言った。
「早く、止めろ……っ」
「え?」
「あぁもう!! レイアを止めろって言ってんだよ! このまま辞めかねないだろ!!」
「そ、そうですね!」
力を振り絞って叫び命令するエリオットさん。そんな命令のされ方は癪だけど、そこを気にしている場合では無い。
慌てて長い回り階段を走り下りていく。レイアさんは早歩きではあったが走ってはいなかった為、すぐに彼女の背中が見えた。
「レイアさん! 待ってください!」
斜め下の彼女に階段上から飛び掴む。
「放してくれないか! けじめくらい付けさせてくれ!!」
私の腕の中でもがくレイアさんだったが、私の方がずっと力が強いのでこの拘束が振りほどける事は無い。
「大丈夫ですよ、エリオットさんは怒っていませんって!!」
「そういう問題じゃ無いんだ!!」
そう言って叫ぶ彼女は……
「れ、レイアさん?」
泣いていた。
もう抵抗もせず、レイアさんは私に後ろから掴まれたまま涙を流す。初めて見る彼女の涙に、私はただ無言でそれを見つめるしか出来なかった。
レイアさんがにっこりとエリオットさんに笑いかけた。いや、補足しておく。その笑顔はとても怖い。
それでも口を閉ざしたままのエリオットさん。しばし無言の対峙が続くが、その空気に一人の女性が割って入ってくる。
エリオットさんよりも奥に見えるもう一つのドアが、ギィ、と静かな音を立てて開いた。その音にビクリと体を震わせて、彼は慌てて後ろに振り向く。
「ちょ、何で出て……」
エリオットさんの言葉を遮るように、本棚で埋め尽くされた部屋の更に向こうから現れたのは、短い黒髪の女性だった。
身長はレイアさんより少し高いくらいで、黒いワイシャツに白いパンツルックのスレンダーな体型。少なくとも私の知らない人である。
涼しげな目元が何となくルフィーナさんを思い出させるが、ルフィーナさんよりはもう少しつり目で黒い瞳。
彼女はエリオットさんを見て静かに首を横に振った。諦めろ、と言うように。
「クラッサ……何で?」
当然と言えば当然だが、レイアさんはこの女性を知っているらしい。ただ、その台詞からすると予想外の人物だったようで、その表情と声は驚愕の色を隠せていなかった。
「戯れに過ぎません、ご安心ください」
淡々と話す、クラッサと呼ばれた女性。
エリオットさんは罰が悪そうにその光景から目を背けている。
と、
「――――もう我慢の限界だッッ!!!!!」
天に向かって叫ぶ、黒い名残羽の鳥人。そして書室に勢いよく右足を踏み入れた。
入ってはいけないはずのその部屋へそのまま体も入れて、彼女はあれから尻餅を着いたまま立ち上がっていないエリオットさんの襟首を左手でぐいっと掴んで無理やり立ち上がらせる。
「れ、レイア?」
両手の平を向けて上げて、降参のポーズ。そんな怯える彼に一喝。
「歯ぁ食い縛れッッ!!!!!」
エリオットさんの左頬に、彼女の右ストレートがゴキッと鈍い音を立ててめり込んだ。軍人であり、准将という地位の彼女が、その国の王子を殴った大変爽快な瞬間。
私もフォウさんも、そしてクラッサと言うらしい女性も、見たものを信じられずに開いた口が塞がらなかった。
「そりゃ言えないわけだ、私の部下に手を出したなんて言ったら普段以上に怒られる、そう思ったんだろう馬鹿男!!」
「うう……す、すまな……」
「悪いと思うなら最初からやるな!!」
謝ろうとする彼に間髪入れず、腹に膝蹴りをお見舞いする。アクション映画さながらに、彼女の茶色いポニーテールの揺れがスローモーションで見えた。腹部を押さえて呻く王子に、そのまま右肘で後頭部にエルボー。
スリーコンボ。彼はずるりと床に倒れこんだ。
「じゅ、准将……」
流石の事態に、無表情だった黒髪の女性もたじろいでいる。しかしその声掛けにレイアさんは答える事無く、また天井に向かって叫ぶ。
「手順を踏まずに機密書室へ侵入及び王族への暴行!! 罪にでも何でも問え!! 私は逃げん!!」
……半ば自棄になっているように私には見えた。叫ぶだけ叫ぶと彼女は俯きながらツカツカと書室を出てきて、そのまま階段を下りて行ってしまう。
呆然とそれを見送る私達だったが、エリオットさんがゆっくりと顔だけ上げて私に言った。
「早く、止めろ……っ」
「え?」
「あぁもう!! レイアを止めろって言ってんだよ! このまま辞めかねないだろ!!」
「そ、そうですね!」
力を振り絞って叫び命令するエリオットさん。そんな命令のされ方は癪だけど、そこを気にしている場合では無い。
慌てて長い回り階段を走り下りていく。レイアさんは早歩きではあったが走ってはいなかった為、すぐに彼女の背中が見えた。
「レイアさん! 待ってください!」
斜め下の彼女に階段上から飛び掴む。
「放してくれないか! けじめくらい付けさせてくれ!!」
私の腕の中でもがくレイアさんだったが、私の方がずっと力が強いのでこの拘束が振りほどける事は無い。
「大丈夫ですよ、エリオットさんは怒っていませんって!!」
「そういう問題じゃ無いんだ!!」
そう言って叫ぶ彼女は……
「れ、レイアさん?」
泣いていた。
もう抵抗もせず、レイアさんは私に後ろから掴まれたまま涙を流す。初めて見る彼女の涙に、私はただ無言でそれを見つめるしか出来なかった。
更新日:2012-09-27 00:07:49